内藤國雄九段の憂鬱

昨日から行われている名人戦第5局の立会人は内藤國雄九段。

今日は、内藤國雄九段にとっての20年前の災難な話を。

このような時代があったのだ。

将棋マガジン1990年1月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ何でも書きまっせ!!」より。

 そしていつの時代にも奨励会でヘンなヤツはいる。先日も有森五段と話していると「ワシの記録とったヤツは、ひどかったでえ。決め手がある局面でその決め手を逃して、手数がのびたらソイツ、柔道みたいに手をグルグル回して教育的指導しよんねん。何ちゅうやっちゃ!」。

 伊藤(博)四段にも同じような話を聞いた。「この前対局室に入って駒並べとって、何気なしに記録用紙を見ると僕の名前のところが”達正光”って書いてあんねん。もちろん達君はその日対局ちゃうかったし、僕が達君と似てるから間違えたんかなあ」。

 ちなみに伊藤四段と達五段は全然似ていないが、これまでに段位の間違いや一文字ぐらいの間違いはあったけれど、全然違う人を書いたのはちょっと聞いたことがない。

 さてきわめつけの傑作といえば、聞くも涙、語るも涙の、その名も、「内藤先生悪手連発事件」。

 中盤の難所が続く局面だった。関西の大豪・内藤九段はそんな難しい勝負を楽しんでいるかに思えたが、記録係のこの一言で一本センが切れてしまうのであった。

 「とうない先生、残り30分です」

「むお!」さらにピンと背筋を伸ばして内藤九段は、ジロッと記録係を睨む。驚いた彼は続いてこう言ったのである。

 「失礼しました、さいとう先生」

「……」

それからその将棋は内藤九段が悪手連発、終わってみると大差で惨敗。内藤九段憮然…。

 将棋はメンタルなゲームである。だからちょっとした事が気になるとメロメロになるのもよくわかる。それだけに記録係を務める奨励会員の役目は大きいのだ。だから、未来を背負う子ども達に一言。オイオイ、しっかり頼むでえ!

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この頃の関西奨励会は33名で、平藤真吾三段、杉本昌隆三段、久保利明初段、山本真也初段、増田祐司初段、矢倉規広2級、安用寺孝功5級なども在籍していた。

内藤國雄九段は50歳でA級3位と、バリバリの時代。

なかなかダイナミックでデンジャラスな出来事だ。