昨日の記事から1年後の話。
近代将棋2004年10月号、故・池崎和記さんの「関西つれづれ日記」より。
7月某日
竜王戦の谷川-渡辺を観戦。2人とも多忙で、渡辺五段は2日前に東京でC1順位戦があり、王座戦の挑戦者決定戦(相手は森内三冠王)も控えている。谷川二冠は言うまでもなく、羽生王座と王位戦7番勝負の真っ最中である。
注目の大勝負は、先番の谷川さんが飛車を振るという珍しい立ち上がりとなった。藤井システム対居飛車穴熊。谷川さんは居玉のまま果敢に攻め込んでいったが、結果的にはこの仕掛けは成功しなかった。
(中略)
感想戦で渡辺さんはよくしゃべった。大先輩に気を遣いながら、それでも自分の読み筋ははっきり言う。この態度が素晴らしい。
午前零時、渡辺さんと一緒に将棋会館を出た。宿をたずねると、我が家の少し先にあるホテルである。その途中に僕の行きつけのバーがあるので「ちょっと飲みます?」と聞くと、ノータイムで「はい」という返事。気持ちのいい青年だ。
バーでは新妻(伊奈四段の妹めぐみさん)との出会いから結婚に至るまでの経緯をしっかり聞いた。4ヵ月で結婚を決意したそうだが、驚いたことに、この間、伊奈四段は二人の関係をまったく知らなかったらしい。そのときの愉快なエピソード。
めぐみさん(電話で兄に)「渡辺さんと結婚することになったから」
伊奈四段「ワタナベ? どこのワタナベだ?」
こんなやり取りがあったそうで、このときの伊奈さんの表情を想像するとおかしい。
渡辺さんは新妻を「めぐみさん」と呼んでいるという。「めぐみさんは酒が好き。伊奈家の血筋なんです。うちは全然ダメだけど」。
そういえば、僕はこの間、伊奈さんと飲んだのだった。なかなかの飲みっぷりで関西の若手にはこういう人はいない。
僕はめぐみさんに会ったことはないし、写真を見たこともないけれど、詰将棋の得意な女性だというのは知っている。「詰将棋パラダイス」で何度も名前を拝見しているからだ。
渡辺さんが何でも話してくれるので、僕は竜王戦の補足取材をすることにした。気になっていた変化がいくつかあったのだ。で、観戦ノートを取り出したら渡辺さんが「あっ、棋譜を忘れてきた!」と言う。
意外におっちょこちょいである。僕は昨年の王座戦の挑戦者決定戦を思い出した。あのとき渡辺さんは扇子を対局室に忘れ、僕は深夜、山崎五段と一緒にタクシーに乗って、梅田の打ち上げ会場(ホテルのバー)にその扇子を届けに行ったのだ。
「棋譜だったら僕のをあげますよ」
「いや、いいです。後で手に入りますから」
僕はノートを見ながら疑問点を直接ぶつけた。予想していたことではあったが、彼の言葉は自身に満ちていて、すらすらと出てくる読み筋はすべて明快だった。一番ビックリしたのは、仕掛けのあとの局面(44手目)まで「研究会で経験済みだった」ということ。
また、最終盤(第6図以降の後手玉に詰みがあるかどうかという局面)については、ふてぶてしいというか、いかにも彼らしい答えが返ってきた。
「自玉に詰みがあるかどうかは、自分で局面を読むより、相手の顔を見たらわかると思った。だから僕はちらっと谷川先生の顔を見ました」
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渡辺明五段は、この日のことをブログで次のように書いている。(抜粋)
小さい頃からの憧れだった谷川二冠に勝てた喜びで感想戦は何をやったかあんまり覚えていません。棋譜のコピーも忘れてきてしまいました。それほど嬉しかったです。観戦記担当の池崎さんと近くのバーで軽く飲んでホテルに戻りました。風呂に入って「谷川先生に勝ったんだぁ。。。」とボーっとしていました。4時過ぎにようやく落ち着いて就寝。14時過ぎに帰宅しました。準決勝も頑張ります。
この年の竜王戦で、渡辺明五段は竜王を獲得する。
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渡辺明五段と伊奈めぐみさんの結婚が明らかになったのは2004年4月30日。
日本経済新聞の「将棋王国」の記事だった。
日経の独占インタビューの頃は、渡辺五段は奥様を「伊奈ちゃん」と呼んでいたようだが、池崎さんと飲んだときには「めぐみさん」に変わっていることがわかる。
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将棋王国の過去からの記事をあらためて見てみたが、新聞に掲載された将棋関連記事や独自取材記事が収録されており、なかなか面白い。
一例をあげると、2004年だけでも次のような記事。
1月
2月
3月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月