1990年の奨励会旅行の出来事

将棋マガジン1990年1月号、駒野茂さんの「三段リーグ&奨励会NEWS」より。

 関東奨励会の一泊二日の旅行に同行した。そのみやげ話を。

 関東奨励会に、芸達者を自称するA三段がいる。だが、毎年毎年同じことをやり、なおかつノリ過ぎのワンマンショー。そのせいで、今年はマイクを握ることを堅く!禁止された。

 それはさて置き、一行は一路箱根へと向かった。本日の行程は、フィールドアスレチック、テニスと山中湖や芦ノ湖周辺の散策などが予定されていた。

 しかし、天気はあいにくの大雨、強風。先の行程は絶望となった。バスの中で、「あ~、今日やることは将棋大会だけか」と溜息がもれる。

 うつうつとした車中。バスはいつの間にかサービスエリアの駐車場に。「まぁ、トイレでも・・・」とみんな降車しようとすると、I三段が隣に止まっているバスを見て手を振っているではないか。みると女子校生の乗っているバスだ。それに気付いた若人達がドドドドドッと戻ってきて、片側に集まった。お~っと、バスが倒れそうだ。

 女子校生の方も、こちらを見て「ワァー、キャー」とカワいらしい声を上げている。互いの窓が閉まっているのに、すごくよく聞こえた。一転して、みんなルンルン気分。

 その時、その時だ。何やら背中に冷たいものを感じたのは。寝ている獅子がムクムク、と頭をもたげたのだ。マイク使用を禁止され、加えて車中はうつうつ状態。こうした雰囲気の大嫌いなA三段はフテ寝していたのだが、女子校生の声を聞いたとたんに飛び起きたのである。まるで、A三段が舞台に立ち、大勢の女性客にアンコールを叫ばれている気になったように。

 気分をよくしたA三段は、ガバッと窓にへばり付いた。まっ、ここまでは仕方ない。唄を歌えないといううっ積したものがあったのだから。ただ、窓にひっ付いてやったことが悪かった。何と、”変なおじさん”を演じたのである。その瞬間、先程まで響き渡っていた黄色声が消えた。無情にも全窓にカーテンを引かれてしまう。

 ”芸は身を助ける”という諺があるが、この場合は・・・

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この頃の関東奨励会は、丸山忠久三段(19)、郷田真隆三段(18)、北島忠雄三段(23)、深浦康市三段(17)、佐藤秀司三段(22)、豊川孝弘三段(22)、近藤正和二段(18)、木村一基二段(16)、金沢孝史二段(16)、真田圭一二段(17)、中座真二段(19)、藤井猛二段(19)、飯塚祐紀二段(20)、勝又清和初段(20)、窪田義行初段(17)、鈴木大介初段(15)、瀬川晶司初段(19)、三浦弘行初段(15)、松本圭介1級(17)、川上猛1級(17)、野月浩貴1級(16)、高野秀行2級(17)、行方尚史2級(15)、堀口一史座2級(14)、田村康介3級(13)、北浜健介3級(13)など豪華メンバー。

女子校生が喜ぶのは当然だ。

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このような中、

郷田三段は、女子校生には目もくれずサービスエリア内を散策、

丸山三段は、何事もなかったかのようにトイレへ、

三浦初段は、座席で詰将棋を解いている、

この頃ストイックだった深浦二段は、座席で瞑想している、

など、それぞれの棋士の個性を思い浮かべながら、それぞれの棋士の行動をドラマ風に想像してみるのも面白い。

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女子校生に手を振る妙手を放ったI三段とは、伊藤能三段と思われる。(イニシャルがIの三段は伊藤三段だけ)

当時のリーグ戦表でA三段は二人おり、二人ともプロ棋士の道には進んでいない。

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”ルンルン気分”は現在では死語となっている。