河口俊彦七段(当時)「将棋界のおもしろいところは、こういうとき、部屋にいた面々が”おめでとう”と言って迎えないこと」

将棋世界2001年5月号、河口俊彦七段(当時)の「〔C級1組順位戦最終局〕大器が昇級」より。

 まっ先に行方が昇級を決めた。午後7時22分だった。夕食休みのとき、すでに行方が優勢で、予想通りの結果だったが、それにしても終了がちょっと早かった。

 控え室で誰かが「もう少し粘ってもらわないと楽しみがなくなっちゃう」と言ったが、桜井だって手を抜いたわけではない。夕食休みをはさんで、72分の大長考があった。降級が決まっていても最善を尽くしたのだ。

(中略)

 行方は四段になったとき、ちょっとした大口を叩いて話題になった。「羽生を負かさねば」とか言ったのである。それも偉いが、もっと偉いのは、デビューしたその年、竜王戦で挑戦者決定戦まで勝ち上がったこと。公言通り、羽生と勝負将棋を戦い、ここでは敗れた。しかし大健闘によって、一躍スター棋士になった。

 その後は足踏み状態がつづいた。といっても勝てなくなったわけではないが、デビュー当時の華々しさはなかった。そしてこの世界は、なにかとやっかみが多い。升田、大山といった大棋士でさえ、内部の嫉妬に悩まされたくらいである。行方だって心ない中傷にきずつけられた。そうしたときに昇級したのである。特別な思いがあるに違いない。

 8時すぎ、行方が控え室に引き揚げてきた。将棋界のおもしろいところは、こういうとき、部屋にいた面々が「おめでとう」と言って迎えないこと。もちろん拍手なんて起こらない。昇るべき人が昇ったときは、そんなものである。

(以下略)

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昇級者が控え室に引き揚げてきても「おめでとう」と言って迎えないのは、対局時に勝者が表立って嬉しがらないのと同じような意味合いがあるのではないかと思う。

傍にはその対局に敗れた棋士がいるかもしれないし、直接対決ではなかったとしても昇級を逃した棋士だっているかもしれない。

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これは恋愛の場合の話だが、ある酒場のママから、男性の嫉妬心は女性の嫉妬心よりもはるかに強い、と聞いたことがある。

女性になったことはないけれども、自分を振り返ってみて、たしかにそうかもしれない、と思ったものだった。

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先日、ある所で、民放のある番組の制作責任者、スポーツ新聞幹部の話を聞いた。

その人たちは、そのような風潮には眉をひそめていたけれども、現在のマスコミの報道は、視聴者の嫉妬心をあおり、作られた「悪人」を叩き、ある種の爽快感を与える、という志向であるという。

その方が視聴率が取れる、販売部数が上がるから、というのがその理由らしい。

勘弁してほしい。

 

 

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