先崎学八段と蕎麦屋

先崎学八段の2001年に刊行されたエッセイ集「フフフの歩」より。

八月某日

ああ暑い。起きた瞬間、アツーーと、いっても詮ない独り言を思わずいってしまう程に暑い。

(中略)

 ヨシッ、こんな時こそ、辛い物ダッてなもんで、突然カレーが食べたくなって家を出た。しかし、お目当ての印度料理屋は休み。ツイてないなあと思いながら街を歩くと、ふと、立ち喰いソバ屋に「本日玉子無料サービス」の看板が立っていた。僕は貧乏性なので、この手の売り文句に弱い。牛丼五十円引きとか、ハンバーガー百円などという文句を見ると、日頃は滅多に食わないくせについふらふらと入ってしまう。

 二百円のかけそば(もちろんネギ大盛りね)を頼んで月見そばを食っていると、隣のオジサンが、こちらをジロジロと睨んできた。

 ゲッ、マジイ。

 オジサンは、年の頃は四十くらい。ちょっとくたびれたシャツにネクタイをゆるめて、ちょっと営業の途中に-といった感じで、将棋ファンかもしれない。いや、きっと僕の顔を巨大な発行部数を誇る「将棋世界」で見て知っているに違いない。どうしよう。ち、ちがうんですよ。ぼ、ぼくは、い、いつもは立ち喰いソバで昼飯なんて・・・格好だってこんなボロボロのTシャツに短パンじゃないんですよ。そりゃ立ち喰いソバだってたまには食べますけどね、決して玉子無料につられたわけじゃなくて(どこがだ)かけそばにネギ大盛りなんて今日だけで、いつもは海老天はちょっと恥ずかしいから春菊天にコロッケぐらいは入れてるんですよおぉぉぉぉ。

 本屋でヌード雑誌を買ってレジに並んだら、親父に電話が入って代わりに可愛い娘さんに「いらっしゃいませ」といわれた時の高校生みたいな感じで、マッ決して食べたくて食べてるわけじゃないんだよね、僕は、と店を出ようとするとくだんの親父にいわれた。

「アンタ社会の窓があいてるよ」

 ああ真っ赤なトランクスが・・・。

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私が生まれて初めて「アメリカ版PLAYBOY(輸入版)」を買った時、店の人に変な学生と思われたくないために、「月刊文藝春秋」、「諸君」、「週刊新潮」などの硬派系雑誌と一緒にレジへ持っていった記憶がある。

まだ二十歳の頃だったので、そのほうがもっと変な人に思われる、ということを理解していなかったのだ。

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先崎八段は、この頃は中野に住んでいた。

そういえば平成初期の頃、中野の喫茶店風レストランで昼食を食べている時に、店の窓の外を先崎五段(当時)が通るのを見たことがある。

中野通りと早稲田通りの交差点にほど近い店だった(この店は、ハンバーグナポリタン、ドライカツカレーなどが名物)。

中野駅の北側、「本日玉子無料サービス」ということを総合的に考えると、この時先崎八段が入った立ち食い蕎麦屋は、中野サンモールの入口近くにある「梅もと」であったと推測される。

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将棋棋士の食事とおやつによると、先崎八段の順位戦対局時の食事はそば系が多い。

ただし、将棋棋士の食事とおやつには、「対局中は何食べても美味しくない」という先崎八段が週刊文春のエッセイに書いた一文が引用されているので、先崎八段は蕎麦を”野戦食”と位置づけているのかもしれない。

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野戦食(戦闘糧食)のことを”レーション”または”コンバットレーション”と呼ぶ。

レーションとは、軍隊において軍事行動中に各兵員に配給される食糧のこと。

レーションは、屋外の食器も調理器具もない環境で食べやすいよう配慮がなされており、缶詰やレトルト食品、ビニール袋に真空密封包装されたクラッカーやパンなどが一つのパッケージに収められたものが主流となっている。

この世界も奥が深く、各国の軍隊には様々なバージョンのレーションがある。

各国の古今のレーションを実際に食べて、その感想が詳細に書かれているサイトがある。

THE戦闘糧食

絶賛に値するほどの詳細なレポート。

かなりな情報量なので、主な各国別レーション試食レポートを一部だけ抽出しておく。(それぞれ写真をクリックするとそれぞれのバージョンのレポートが出てきます)

日本国自衛隊戦闘糧食

自衛隊戦闘糧食II型の中の一例としては、

ドライカレー

ホタテピラフ

牛丼

鮭塩焼き

筑前煮

○アメリカ軍

現用MREの中の一例としては、

ビーフステーキセット

ボンレスポークジャマイカ風セット

ミートローフのグレービーソース煮セット

○ドイツ軍

1989年モデル夕食

○フランス軍

一日分のレーション

○イギリス軍

2004年プロダクト メニューE

○ロシア軍

ロシア軍戦闘糧食

○ウクライナ軍

ウクライナ戦闘糧食

このほかにもいろいろなレポートが載っている。

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次のような記事もある。

記者が感じたトップランキングとワーストランキング。

「戦闘糧食晩餐会」で世界中のレーションを食べ比べ!(前編)

「戦闘糧食晩餐会」で世界中のレーションを食べ比べ!(後編)

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個人的には、欧米系のシチュー系や肉系のレーションは、酒のつまみとしてもなかなか良いのではないかと思う。