羽生善治三冠が最も印象に残っているタイトル戦(最終回)

羽生善治三冠が最も印象に残っているタイトル戦。

将棋マガジン1990年3月号、山田史生さんの、「第2期竜王戦七番勝負、激闘のあとを振り返る」より。

 富山対局のあと、島はやや落ちこんでいた。二勝のあと三連敗では無理もない。

「あーあ、竜王もあと十日の命ですか。次千葉でよかった。負けてもその夜のうちに帰れるから」などといつにも似合わず元気がない。

 こちらとしては慰めの言葉もなく、さりげなくふるまうのみ。担当者のつらい所である。

 しかし第七局(千葉市・ホテルニューツカモト)の前夜、島はすっかり元気になっていた。「クリスマスを楽しく過ごすためにも勝ちたいですね。三勝三敗一引き分けで第八局にいくのは最高の形なので頑張ります」と顔色もいい。後にして思えば富山対局と千葉対局の間に結婚話が良い形で進んでいたからに違いない。

 そしてその第七局は島の名局といわれるほどに、自らの棋風もよく出た将棋で、ついに第八局へ。

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 最終局は東京・芝の東京グランドホテル。二日目の控室は大勢の棋士、報道陣がつめかけ超満員、原稿を書く場所もない。もっともこれは予期してあって、もう一つ仕事部屋は確保しておいた。 今期の先手番25局中、23勝1敗1引き分けという圧倒的勝率を誇る羽生のこと、振り駒がどうなるか注目されたが、記録係伊藤三段が宙に舞わせた駒はと金が三枚出て羽生の先番と決まる。この時の島の心中やいかに。しかし一日目羽生の▲2五飛の新手が不発、手損となって同型の局面で島の手番となっている。島が先手番だったのと同じことで島気を良くしたかと思われたが、△6三金型をとったのがやはり疑問、陣形を立て直した羽生にじりじり押され、ついに寄り切られた。

 掌中のダイヤモンド”竜王位”を失った島の痛手、いかばかりか。

 敗者の姿は大棋士であっても常に痛々しいものだが、さすがトレンディな近代的棋士島は一味違っていた。

 関係者と明るく打ち上げの宴をすませた後、「このままじゃつらいからゲームを一回」と、羽生を加えた五人ほどでモノポリーに興じた。

 これには羽生早々と敗れ、島は勝ち。「両方負けるのはつらいからね」とニッコリ笑う島、気持ちのいい棋士だと、心底思った。

***

 二日後、島から電話をもらった。

「ぼく結婚することにしました。まずお知らせしなければと思いまして」。

 第一局、川崎市民プラザでの前夜祭、川崎市が二人のミス川崎を派遣、島と羽生に記念品を渡す役をしてくれた。記念品を渡したあとパーティーに移ったが、将棋のことは知らなそうなミス川崎、所在なげにしていたので私が「せっかくだからこっちへ来て話をしたらどうですか。写真も撮りたいから」と島、羽生、塚田ら若手棋士のいる所へつれてきた。そこは若い者同士、すぐうちとけて何やら話をしていたものだが、何と電話番号を聞きだし、デイトの約束をとりつけていたとは!

 その二人のうちの一人こそ島のお相手、相沢さん(二四)だったのである。かけねなしにきれいなお嬢さんである。

 竜王は失ったが、竜王戦を戦った縁で生涯の伴侶を得た島、そんな島の幸せを心から喜びたい。

(以下略)

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それでは、第一局の前夜祭で、両対局者の近くにいた塚田泰明八段(当時)の証言。将棋マガジンの同じ号の「懸賞次の一手」より。

 12月某日、私の部屋。島さんは、前に座っていた中村(修七段)さんに、『例の賭けていた物』を黙ってスーッと渡した。

 一番最初に気付いたのは中村さん。そして、やや間があって大野(八一雄五段)さん、小倉(久史四段)君、私の人がほぼ同時に、その場の状況を把握した。

 これが島さんの、私達への婚約発表だった。

 当然みんな、言葉が出ないぐらいに驚いたのだが、中でも中村さんのショックは相当だったらしく、『例の賭けていた物』を両手で持ちながら、口は半開きで5分ぐらい放心状態だった。はっきり言ってみなさんにお見せしたかったぐらい面白い表情だった。

 中村・島の賭けは、多分3年ぐらい前にさかのぼる。「自分の方が結婚は遅い」と双方譲らず、「じゃ賭けをしよう」と相成った。

 私もその場に居合わせていたのだが、2人の気合があまりにもすごくて、遠慮させていただいた。年齢的には有利なはずなんだけど。

 婚約発表のあと、みんな落ち着いてきて、相手の事を聞いたらまたびっくり。昨年の10月18日に知り合ったその人は、竜王戦第1局の前夜祭に仕事で来ていた、ミス川崎の相沢さんだったのだ。

 私もその場で彼女とは話したが、もちろんその時だけ。島さんは、どこでどう話をつけたか知らないが、その後交際を始め、スピード婚約となった。でも、何で電話番号を聞けたんだろう。あのパーティー会場で。

 島さんによると、「竜王戦の間は羽生君の顔見てるか彼女の顔見てた」そうで、どうもごちそうさま。

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万が一、パーティー会場で電話番号を聞けなかったとしても、

「今日はゆっくりとお話ができませんが、明日の夜、一緒に食事にでも行きませんか?今晩10時以降なら部屋に戻っていますから、お電話ください」

とでも言って別れれば、相手の電話番号をその日のうちに聞くことができる。

特に秒殺一目惚れの場合は、お互いが一目惚れである可能性も高いので、この辺の呼吸は以心伝心といえる。

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