丸山将棋、先崎八段渾身の解説

将棋世界2000年7月号、名人戦第4局 丸山忠久八段(先)-佐藤康光名人戦「真似のできない仕掛け」より。解説は先崎学八段。記は田名後健吾さん。

 今期名人戦は、まず丸山八段が出だし2連勝しました。ぼくは、これが逆に佐藤名人が2連勝スタートだったなら、防衛ですんなり終わると思っていたんです。丸山八段はたしかに今絶好調ですが、名人位に懸ける執念や気迫、実力など総合力の面で考えると、佐藤名人の方が有利じゃないかと思っていました。

 しかし、佐藤名人はまず第1局でヘタを打ちました。あの将棋は中盤でほとんど終わっていたんですよ。あとは手続きを踏むだけっていうところから逆転しましたから、相当ひどかったんですね。2局目の敗戦は明らかに緒戦の負けが尾を引いています。ただし、第3局はよく勝ったというか、根性で勝った。まだまだ佐藤名人本来の勝ち方じゃないですが、ここ一年くらいずっと勝ち続けてきた丸山八段の勢いをガツンと止められたのが大きい。

 佐藤名人にすれば、丸山八段のペースに飲みこまれなくてホッとしただろうし、気持ちに余裕ができれば、もともとの地力が物をいってくるはず。ここでは互角に戻したと見ていいでしょう。

(中略)

 丸山八段は△6四歩と受けさせた局面が悪いわけがないと見たでしょう。ここでの▲5五角には感心しました。

(中略)

 ▲7一銀の割り打ちは後手の傷ですが、それを相手にせず4筋を攻めに行ったというのは(将棋に)明るいなと思いました。割り打ちの手に比べればはっきり筋のよい手です。ここで先手が悪いとは絶対に思えません。丸山八段は「自信がない」と言っていましたが、それは笑顔とともに嘘をつく彼の一面でしょう。

(中略)

 丸山八段というのは、手堅いところがあるから”守りの名手”っていうイメージが強いんだけど、実は非常に将棋が攻撃的なんです。では何で守りの名手ということになるかというと、勝つ時に手堅く守って勝つのがうまいんですね。切り合いで勝つということがあまりないからどうしても守備型に見られるけれど、彼は守勢に回るのを非常に嫌うタイプですね。もっと局面が茫洋としているときが一番強いんだけれども、こういう一直線に受けきるか攻めきるかという鋭い読み合いの局面では、あまり彼の長所が生きずミスをすることが多いんです。むしろ、こういう指し手が少ない局面で深く読むというのは佐藤名人のテリトリーなんです。

(中略)

 つまり▲7三金のところでは、丸山八段は本当は▲5六桂とやりたいわけですよ。しかしそれには△6八銀という好手があってまずいことに気がついた。そこで▲7三金から千日手を狙う手を思いついた。不利なときには、どうやったら粘れるかを考えるのが丸山将棋。佐藤名人はおそらくこの手は読んでなかったに違いない。▲7三金と打たれて腰が抜けるくらい驚いたでしょうね。こんな手は佐藤名人の将棋観にはないですから。で、慌てて△9二飛と逃げた。すると▲8三金と寄ってきたので初めて「なんだ千日手狙いか、なんだこの野郎」(笑)と気づいたんでしょう。面白いのは本譜△6一飛では、△9二飛のところで最初から△6一飛と引けばよかったじゃないかと思われますが、これは突然訳の分からない手を指された佐藤名人が、驚きのあまりとりあえず△9二飛と逃げてみただけなんです。

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 佐藤名人は形勢の傾きを感じていたものの不安だったでしょうが、この▲7三金を見てその不安は払拭されたでしょうね。”千日手にするということは相手は悪いと思っているな”とかえって勝ちを確信したと思います。とはいえ△6一飛と引いたのは男らしかったですね。丸山八段なら嫌がらせで多分もう一回くらい△9二飛と寄ってみたでしょう(笑)。すぐに打開したのは男気のある決断で、この辺は両者の棋風の違いが分かります。とにかく本局は、佐藤名人が終始一貫潔かったですよ。

(中略)

 序盤での佐藤名人の大胆な仕掛けは、おそらく今後真似て指す棋士は出てこないと思いますし、佐藤名人自身も二度とやらないでしょう(笑)。しかし皆に真似のできないことをやって勝ったというところに価値があるんです。最近の将棋界は、△8五飛戦法にせよ人の真似をして勝つことをよしとする風潮があるだけに、この辺が名人位を奪取し、防衛をした佐藤名人の底力だと思います。非常に立派な勝ち方だったですね。

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この年の名人戦は、丸山八段が4勝3敗で名人位を奪取することになる。

先崎八段は、エッセイでは佐藤康光九段のことを「モテミツ君」と呼んで、面白い話のネタに何度もしているが、棋士として、佐藤康光九段に共鳴するところ非常に大きいということがわかる。

良い意味での尖がった解説、先崎八段の棋士としての魂が語っている解説、非常に貴重だと思う。