谷川浩司青年の失恋

近代将棋1989年6月号、書評欄「二冊の谷川本より。

『僕の自叙伝』は内容的には光速と同じだが、文章が慣れていて読み易く書かれている。将棋ファンにとっては新鮮味が薄いが一般向きの編集なので、読み易さに重点を置いたのだろう。

 目新しいエピソードでは、名人戦初挑戦の時、母親が和服を十着ほど用意していたのに、インタビューでは、「六着しか用意していなかったので七局目になったらどうしようかと思いました」と答えたが、あれは母親の謙遜だったと言う。

(中略)

 谷川自身の好きな女性は、仕事に燃えているキャリアウーマンで、そういう女性が将棋を指しているグループがあったら押しかけて指導したいというくらいだ。

 その谷川がひそかに想いを寄せていた女性とデートの約束をしたと思ったら、すぐに電話がかかってきて、

「実は今度結婚することになったので、遊んでいられなくなりました」

 と言われ、ついおめでとうと言ってしまう。言ったあとで、遊びじゃないんだよと言えばよかったと思うが「待った」はできないと気づき、悔やむ。

 このあたりは正直な青年像で実に好ましく、「この女性はもったいない、大魚を逸したなあ」と逆に同情したくなってくる。

(以下略)

—–

実は今度結婚することになったので、遊んでいられなくなりました」

想いを寄せた女性から、このようなことを、なおかつ敬語で言われたら、相当な衝撃だろう。

この状況で逆転の一手を放つのは至難の業だ。

—–

全く違う状況だが、私も24歳の頃、同様のことを21歳の女性から電話で話されたことがある。

「今日うれしいことがあったの。聞いてくれる? 憧れていた人から”好きだ”って言われたの」

本当に嬉しそうに語っていた。

一緒に2回くらい食事をしたくらいで、特にアプローチしていたわけではなかったので、衝撃度は少なかったが、どういう電話なんだとは思った。

今考えれば、可能性としては以下の二つ。

(1)自分が狙われているようだったので防御線を張った。

(2)恋愛とかそういう雰囲気が全くないので安心して心情を吐露した。

将棋に例えれば、

(1)は男性側の布陣は鬼殺し戦法。序盤から鬼殺しを封じ込めなければいけない。

(2)は男性側が右玉か風車戦法。相手から攻めてくる様子は全くない。

そのように考えると、私は(2)と思われていたのだろう。

若い男性として、このように思われていたことが良かったことなのかどうかは、わからない。

 

ちょっと早いけど僕の自叙伝です。 (角川文庫)ちょっと早いけど僕の自叙伝です。 (角川文庫)
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発売日:2000-12