将棋世界1990年3月号、大西弘志さん(大阪スポニチ)の「王将戦第1局盤側記」より。
「一浪したような気分です」
米長が挑戦権を得た時にポツリもらした感想だった―。
南王将への挑戦者を決める、第39期王将戦リーグは、昨年末の15日に東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。結果は周知の通り、米長、谷川、中原の三者が4勝2敗の同率。プレーオフにもつれ込んだ。
クジ引き抽選の結果、米長-中原の勝者が谷川と挑戦を賭けて闘うことになった。まず米長が中原を降し、谷川と文字通り最後の決戦となった。暮れも押し迫った28日、同会館での挑戦者決定戦は米長が制するところとなった。
(この夜、谷川は打ち上げもそこそこに竜王位を失った島前竜王をなぐさめるべく若手棋士数人と共に出掛けたが、その席で婚約を打ち明けられ、逆に落ち込んでしまったと巷間伝わっている)
(中略)
米長九段の話。「王将戦は久しぶり。4連敗しないようにがんばるゾ!プレーオフで遠回りしたのは一浪したような気分。どっちみち挑戦者になれたんだから2局余分に教わったのは大きい。相手が真剣に指してくれたからね。いま調子は可もなし不可もなし。好、不調の波が激しい将棋が続いていたが、そろそろ上向き。お地蔵さんにすがりついてでも(タイトルを)取りたい。王将リーグ連続21年はおそらく新記録、王将戦は自分にとって棋士生活そのものだからね」
王将戦に寄せる熱き胸の内を吐露。記者を喜ばせた。そして次に本音を吐いた。
「横歩も取れない男に負けたら御先祖さまに申しわけない」
続けて、
「コイコイ手によらず ボボ顔によらず」
と詠んだ。
美人必ずしも名器の持ち主でない。人それぞれによさがあり、調子のよい時ほど危険が待っている・・・自戒の意を込めた一句か。
さて両者による七番勝負の行方は?スポニチが売り物の一つにしている野球にたとえてみた。
南は一言でいうなら打撃のチーム。相手に1、2点取られても、それ以上取り返して勝つ強打が売りもの。ゴルフでもティーショットはすべて3番アイアン。それでいてドライバーと変わらぬ距離を飛ばす力のゴルフ。
(中略)
対する米長はどうか。
同じように野球でいうなら切れのある速球投手とでもいおうか。どんなにいい球を持っていても特定の打者にだけはどうしても投げられない場合がある。それが相性であり、苦手となり一発をくらう危険性を絶えずはらんでいる。
かつての四冠王当時は、重厚にして豪快な棋風だった。それは、互いに名乗りあってから立ち向かう古戦場の武士にたとえられもした。いまがどうか、米長の将棋は確実に変わった。中原という終生のライバルの活躍に刺激を受けた結果である。
ここではそのことを横に置くが、最近の米長は自己主張する一面を無くすことなく、それでいて「若い人に将棋を教わって」(本人)実に若々しく精気あふれる新生面を切り開いた。「鉄工会社に2、30年も勤めた人がいきなりバイオテクノロジーの世界に飛び込んだようなもので、それはそれは非常に苦労しているんだよ」と自ら棋風の変わりようを語った。
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昭和の頃、テレビの中継で巨人が勝つのをみて喜び、23:00からのフジテレビ系「プロ野球ニュース」で更に喜びを噛み締め、翌朝のスポーツ紙で昨夜の喜びに浸る、というのが多くの巨人ファンの行動パターンだった。
スポーツ紙の記事の表現は、ある時はオーバーだったりするが、そこがまた魅力でもある。
スポーツ紙的視点で将棋を文章にすると、いろいろと面白い切り口が出てきそうな感じがする。
スポーツ報知の女流名人位戦の観戦記を書いている湯川恵子さんも、”スポーツ紙に載る観戦記”ということを意識して、話題やエピソードなどを多く盛り込み、軟らかめにしているという。
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棋風を野球に例えるのは、非常にわかりやすい。
棋風に関して、私が今までで最も感動した例えは、以前も取り上げた小暮克洋さんの観戦記に書かれている。
森下卓八段(当時)と深浦康市五段(当時)の棋風の相違。
NHK将棋講座1996年4月号、小暮克洋さんの「花村門下の熱戦譜」 森下卓八段-深浦康市五段戦より。
両者ともていねいで粘り強い指し回しに定評があり、腰の重さは共通であるが、将棋の作りは根本的に異なっているように思われる。
森下八段の指し手が柔軟な受けを主軸とするのに対して、深浦五段のそれはまず剛直な攻めありきだ。
極論すると、決定打となるはずがないとわかっているキックやチョップだけで敵との間合いをはかり、最後は流れるようにスペシューム光線でとどめを刺す「ウルトラマン」と、最初からアイスラッガーやエメリウム光線といった必殺ワザをバンバン駆使、3匹のカプセル怪獣まで応援に駆けつけちゃう「ウルトラセブン」の、地球防衛のあり方の見解の相違といったものに行き着く。
(以下略)
それぞれの棋士の棋風を何かに例えて表現するというのは非常に大変な作業が伴うが、決まった時の効果は抜群だ。