藤井猛竜王(当時)「そりゃあ三浦君が出てきたら、勝敗はともかくそういう意味ではイヤですけど」

近代将棋2001年1月号、武者野勝巳六段(当時)の第13期竜王戦(藤井猛竜王-羽生善治五冠)第1局観戦記「羽生がふっ飛んだ!藤井流の恐るべき新感覚」より。

二十一世紀最初の覇者

 竜王戦は「その年最も強い者が挑戦者になるシステム」といわれている。最上位のランキング1組からは、敗者復活を含めて4人も決勝トーナメントに進出することができる一方、最下位のランキング6組からでも、勝ち進んだ1人が結晶トーナメントに進むことができる。

 アマ竜王戦は竜王ランキング6組とも連動しており、アマ竜王と準アマ竜王は無条件でランキング6組の予選に出場し、勝ち抜けばアマチュア枠から一気に、竜王の栄冠と3200万円の賞金を手にすることだってできるのだ。これは女流プロとて例外でない。

 そのようなシステムを経て、今期の決勝トーナメントのベスト4には羽生五冠、谷川九段、佐藤九段、三浦七段が出そろった。現在もっとも実績を残している4人といってもよいだろう。

 この時点で私は藤井に「弟弟子が出てきたらイヤなんじゃないの」と小声で話した。同門の三浦七段に負け越していることを知って軽口をたたいたのだが、藤井はすかさず「そりゃあ三浦君が出てきたら、勝敗はともかくそういう意味ではイヤですけど、必ず羽生さんが出てくると思ってそういう準備をしています」と答えたのだ。

 棋界最高の栄誉・竜王位に挑む五冠保持者。藤井と羽生との七番勝負は、二十世紀の掉尾を飾り、来たる二十一世紀最初の勝者を決める決戦としてふさわしい。

死闘十二番勝負!

 竜王はその年もっとも勢いのある者が、挑戦者として名乗りを上げるシステムであることを先に紹介したが、ゆえに連覇はきわめて難しく、三連覇に至っては一人も記録していない。

 今期、藤井が谷川・羽生も成し遂げていない三連覇に挑むわけだが、ここで改めて、二人のこれまでの対戦を整理して振り返ってみよう。

 これまで12局戦い藤井の6勝、羽生の5勝(1千日手)という戦績が残っている。

 初の七冠達成者であることに今さらふれる必要もないほど、将棋界における羽生の実績は圧倒的だが、私の知るところ藤井はその羽生に対して『10局以上対戦して勝ち越している唯一の棋士』なのである。

 この七番勝負の直前に羽生王座への挑戦者となり、一時は2勝1敗とリード。最終的にはフルセットの末に涙を飲んだが、これで多くのファンも藤井の名をより強く焼き付けたことだろう。

 その直後に始まった竜王戦七番勝負。これは「藤井・羽生十二番勝負」と呼んでもよいような死闘で、藤井は自分の応援ホームページ上で「せっかく応援してもらったのに王座戦は残念な結果に終わってしまいました。でも、竜王戦に向けてのいい肩慣らしになったとプラス思考(笑)でいます。今回の王座戦で、羽生先生はやはりなかなか強いということが分かりました(笑)。緊急に対策を立て直し、気を引き締めて防衛戦に臨みたいと思います」とコメントを残し、王座戦と竜王戦を連動して戦う胸の内をもらしている。

注目される羽生の作戦

 私のこのシリーズへの興味、盤上においては「藤井の振り飛車に、羽生がどう対処をするだろうか?」ということに尽きる。例えば、最近の四間飛車が居玉に留まることが多い弱点に着目して急戦で攻め倒すことができれば、四間飛車の序盤手順を根底から否定することだって生じかねないからだ。王座戦の第4、5局は、大成功とはいえないまでも、このタイプだった。 

 また仮に、第1局で羽生が居飛車穴熊を強行し、無傷で組み終える手順を披露できたなら、”藤井システム”の存在そのものが危うくなって竜王位のゆくえは自ずと定まるだろう。

 そう注目された第1局の出だしは互いに角道を止めあい、1図まで相振り飛車を思わせる展開となった。

20001 (2)

 棋譜データベースを駆ると、この形を羽生が直前に小倉六段と指しており相振り飛車のすえ勝っている。しかしさらに調べてみると、藤井も先手後手双方を持って1局ずつ指している。こちらは2局とも居飛車・振り飛車の対抗形となり、1局は何と!藤井が先手居飛車で玉頭位取りにて快勝している。

迷う羽生、作戦負けに

 以上のデータから考えると、羽生は相振り飛車を予定していたのではないだろうか。事前に局面を想定し集中して研究を加える藤井の手法からすると、もっとも的を絞りにくそうだと推察できるからだ。

 ならば2図の△3五歩では△3二飛とか△4二飛とかともかく飛車を移動しなければならなかった。

20001_2 (1)

 というのはすかさず藤井に▲9七角と出られてしまったからで、無理に相振り飛車にするなら△5二飛だが、それは直前の△3五歩との関連がなくおかしい。

 そこで羽生は平然と△6二銀と上がり、なに食わぬ顔で「最初から玉頭位取りにするつもりでしたよ」というふうを装ったが、専門的にいえば先手からは当分の間▲3六歩と突くことはない。つまり△3五歩は不急の一手であり、この時点まで羽生は作戦を迷っていたという証になる。

(つづく)

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2図からの▲9七角は、アマチュア振り飛車党にとっても非常に参考になる一手。

どうしても相振り飛車にしたい相手に△5二飛と一時停車させてしまう嫌がらせとも言える。

「なに食わぬ顔で平然と△6二銀と上がる」という表現も、勝負師らしい負けず嫌い感が出ていて秀逸だ。

この将棋は79手で藤井猛竜王(当時)が勝つことになる。

明日から、藤井流の見事な中盤の指し回しを紹介したい。

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