近代将棋1995年5月号、「棋士インタビュー 村山聖八段 今を生きる」より。
A級入りを果たした村山新八段はインタビュー嫌い(実は写真嫌い)と聞いていたが、東京の将棋会館で見かけたので試しにインタビューを申し込んだ。
「あ、いいですよ。今ですか!?」
拍子抜けするほど簡単にOKしてくれた。またの機会というと逃すかもしれないので、近くのレストランで、急遽インタビュー開始・・・。
今日は私服のようですが。
「はい、今、家探しで。午後から見にいこうと思って・・・」
東京に移住するんですか。
「もう関西も9年になりますから・・・私、ちょっと飽きっぽいもんですから」
土地とか人間に飽きるとか。
「まあ、いろいろですね」
関西だと、予選はだいたい同じ人に当たるとかいうこともあるんでしょう。
「ふふ。・・・そうですね。(関東には)まだ知らない人もたくさん居るんですよ。いろいろな人と将棋やりたいし」
もともと関西生まれではないですね。
「はい、広島です」
あそこは強い人がたくさん出ている土地ですね。
「たくさんって、一人だけでしょ」
広島からは升田幸三をはじめ、プロ棋士が何人か出ているが、彼はお世辞みたいなものはいっさい省いてしゃべる。
「アマ名人は何人も出ていますけど」
田尻、宮本などの名前が出る。
「僕も大阪行くまでは、広島でずいぶん指してもらいましたから」
プロでもアマでも強い人が興味の対象のようだ。今、羽生の七冠が騒がれていますが、関西の棋士は谷川さんの応援が多いでしょ。
「一人で皆タイトル取ったらおもしろくないでしょ。独占なんて絶対よくない」
羽生さんを狙う存在として、森下、森内、佐藤が注目されていますが、どういう棋風でしょうか。
「森下さんは真面目にひとつひとつ積み上げる感じ・・・」
森内さんは?
「手厚い将棋かな」
佐藤さんは?
「・・・」
緻密とか言われていますが。
「あっ。そうですね。そういえば」
あまり人の将棋には興味ないんですか」
「いや、そんなことないですよ。だいたい強い人のは研究しています」
対局がない日は研究ですか?
「そう。だいたい連盟行って棋譜並べてあと誰か人がいれば指すし」
影響受けた棋士は?
「中原先生ですね」
どんなところですか。
「序盤からリードしてそのまま押し切るようなところです」
序盤いいと緩んで、そこからまた山谷があって、最後に逆転なんてね。
「なかなかリードしてそのまま勝つ将棋は少ないですから、あこがれましたね」
谷川さんはいかがですか。
「真似できないですよ(笑い)。あれは谷川さんじゃないと」
村山さんというと、詰将棋が凄いという噂を聞いているんですが。
「いやいや。ダメです。奨励会員とは比べものになりませんよ。今は全然やってませんから」
若いときはやってたんでしょ。
「詰将棋しかやってなかった。定跡なんか全然わからんかった。はじめは近代将棋の研究室、鑑賞室やってて、次には詰パラの大学院までやった」
どのくらいのスピードでしたか。
「一週間で詰パラ一冊解いた。中には一、二題解けないのがあって、頭の中でうじゃうじゃしてて(笑い)。合駒やらなんやらがハッキリしなくてね」
素人はすぐ答えを見たがるけど、そんなことはないんでしょ。
「いや、ありますよ。一手目だけを見るとか。ページを透かして答えを見たり(笑い)。見たってかまわないですよ」
創るほうはいかがですか。
「創れない・・・。解くだけです」
今度A級リーグですが、どのていど目標にしてますか。
「・・・残ることですけど」
村山さんならもう少し上を狙っているんじゃないですか。
「それじゃあちょっと数えてみましょうか(笑い)。上の3人(米長、中原、谷川)が落ちるとは考えられんでしょ。若手も強いです。そうすると、最下位だとして、4勝せな残りません。誰に4つ勝つんでしょうか(笑い)。順位一つが大きいんですよ」
彼が重視しているのは、A級に上がったときの順位だ。新八段の村山・森内は最終戦を残しているが、村山2敗、森内1敗のまま終われば、A級では村山が下位になる。この順位ひとつの差が星ひとつ違うことを言っているのだ。たしかに残るのはたいへんだ。
「去年なんかは。島・富岡・森下というライバルに勝っているのに、他の人に負けて上がれないんですから・・・。段位の上の人はしぶといですわ(笑い)。将棋は一度登り詰めるとなかなか棋力が落ちないんですよ」
昨年を調べてみると、青野、石田、福崎、内藤というメンバーにやられて、昇級を逃している。村山の現在の実績から言えば、たしかに苦い経験だろう。
「実績なんてないですよ。勝率も6割いってないでしょ。順位戦は力を入れてるせいか、たまたまいいだけで・・・。負けてばっかりですよ」
負けることが多い?なるほど10回やって4回は負けるわけだから、考えてみればたいへんなストレスですよね。
「上の人とやると、考えてもいない手を指されますが、気が狂いそうになることがある。それで負けるとちょっと・・・」
さっき、順位戦を重視していると言っていたけれど、そうなると捨て試合なんていうのもあるのかな。
「いや、一戦必勝のつもり。ただ絶対勝つというときと、軽い気持ちのときがあります。たとえば横歩取りなんかは、試しにやってみるかといった気軽なときにやります。先手だと▲7六歩です。後手だと相手の選択に乗ってというのが多いですね。先手はかなり勝率いいはず」
麻雀が好きだと聞いていますが、関西の人は皆結婚して相手がいなくなった。それも東京在住の原因とか(笑い)。
「ふふふ。今はそれほどやりません」
遊び友達というのは?
「あまりいません。独りでいるのが好きですから。家でビデオ見たり本を読んだりしているとき、とても幸せな感じがあいます」
分かるなあ。ところでどんなものが好きですか。
「アガサ・クリスティー、エラリー・クインなどの推理小説です。ビデオもクリスティーものが好きですね」
好きというと全部読むんでしょ。
「ええ。でも、3年前に読んだはずでも全然覚えてない(笑い)。だから何回でも読むんです」
でもそれはよくあることですよ。
「トリックも忘れ人物も忘れて、最後のドンデン返しのところで、ああそうかと思い出したり(笑い)。だから同じ本を繰り返し読む」
ストーリーを覚えさせないというのはプロ作家の条件らしいですよ。だから何回でも読まれる。それは池波正太郎さんがお書きになっています。
「不思議にビデオは覚えているんですよ。セリフなんかも割合覚えている」
旅行には行きますか。
「ええ、一人で。国内だけですが」
海外へは。
「まだ。一人だとちょっと危険じゃないかと思って。行くなら、エジプトとか北アフリカあたりを・・・」
それはクリスティーの世界ですね。
「ふふ。そうなんです。ストーリーに出てくる場所を歩いてみたいと」
旅行する場合も、持病(腎臓病)のことが心配なんでしょうね。
「それはあまり・・・。外国行って怖いとか襲われやすいとか、それって体のこともあるんじゃないか。やっつけやすい体形とかやられやすい顔ってあるんじゃないですか(笑い)」
あるでしょうね。パッと見て怖そうな人はだれも襲いませんよ(笑い)。
「チャンスがあれば行ってみたいです」
月並みな質問ですが、結婚は。
「全然考えていません。いつまでも将棋を指していられるか分かりませんし。自分一人でたいへんなのに、人を食べさせて行くなんてできませんから」
今後の目標など。
「特にありません。とにかく今は薬が効いていますが、効かなくなると人工透析になっちゃう、そうなると将棋ができなくなるし・・・。ですから今を生きるしかありません。
一瞬のエネルギーを盤上に描くのが将棋指しだが、村山ほどの状態にある棋士はいないだろう。A級での戦いは、貴重な見ものになるだろう。
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この期の名人は羽生善治六冠。
A級は、
森下卓八段
中原誠永世十段
米長邦雄九段
谷川浩司王将
高橋道雄九段
加藤一二三九段
島朗八段
有吉道夫九段
森内俊之八段
村山聖八段
のリーグ戦。
「それじゃあちょっと数えてみましょうか(笑い)。上の3人(米長、中原、谷川)が落ちるとは考えられんでしょ。若手も強いです。そうすると、最下位だとして、4勝せな残りません。誰に4つ勝つんでしょうか(笑い)。順位一つが大きいんですよ」
という言葉が、あまりにも実感がこもっている。
この1995年度、村山聖八段(当時)は、
4勝(中原、有吉、谷川、森下)5敗(米長、高橋、加藤、島、森内)で残留を決めている。
(名人挑戦は森内俊之八段)
こうやって見ると、勝つということは本当に大変なことなのだと思う。