羽生善治三冠「度が合わなくなったので、めがねもその少し前に替えました」

将棋世界1999年11月号、真部一男八段(当時)の「将棋論考」より。

 右脳研究がブームになっていた頃だから、7、8年前になろうか、テレビ局の依頼で研究の実験台になったことがある。場所は日本医大で研究チームのリーダーは大脳生理学者の故品川嘉也教授であった。どういった実験であったかというと、頭部に電極のようなものを沢山装着して詰将棋を解かせられるのだ。

 そして脳のどの部分が活発に働いているのかを調べるのが主たる目的である。

 その他には目の筋電図を見たり、思考中のアルファ波やベータ波の現れ方も調べたようだ。品川教授は将棋がお好きで棋力も有段の力があったらしい。

 品川仮説は棋士が将棋の手を読んでいる最中は右脳を中心としているのではないかというものである。

 私は詰将棋が得意でないから、ちょっと困った実験だなと思ったが、ここまできては後に引けない。実験開始である。しばらく考えたが容易に解けない、少し気恥ずかしくなってきたので実験の担当者の方に「5分ほど考えましたか」と聞いてみたら「いえ30分経っています」との返事、これには驚いたが実験の方はそこで終了となった。

 結局私は解かず仕舞いだったのだが、実験の方は脳波が分かれば良いのだからそれでも支障はないようだ。ちなみに詰将棋の作者は伊藤果七段だと後で聞いた。伊藤君、もう少し素直なものを出題してください。

 さて実験の結果は品川教授の予想通り右脳に強い反応が現れ、左脳の方はあまり使っていないとのことであった。

 ご存知のように左脳は言語を司り論理的な面はこちらが担当する。右脳は感覚や直観を担当し芸術脳とも呼ばれるそうだ。私のパターンによく似ていたのはそれまでの実験ではソロバンの高段者と気功の達人であったそうである。気功師といっても様々でこのパターンは子供の頃に始めた人に多いようであるとのこと。

 そして私の場合、思考中にアルファ波が現れていてこれは大変珍しいと云われた。アルファ波というのは脳がリラックスしている時に現れる脳波で通常思考中はベータ波が出るそうである。

 もしかしたら私は目を開けたまま眠っていたのではないかと我ながらおかしくなった。というのも目の筋電図の結果を見るとあれほど盤面を凝視していたのにもかかわらず、目を殆ど使っていないと云われたのである。今回の実験で私はこのことが一番面白かった。

 棋士は20、30手先の局面を考える、しかし目の前の盤は現状のままであるから当然頭の中に見える盤面で考えていることは想像がついていた。こうやって実験でそのことが示されると、やはりそうであったかと納得がゆく。もし脳内に盤面が浮かばずに指し手の記憶だけで指すとしたら、目隠し将棋で3人も5人も相手にするのは至難の技に違いない。この実験時には私の他にもう一人被験者がいた。日本医大では一番の強豪でアマ五段の型である。

 その方の結果は不思議な事に左脳に強く反応が現れ、右脳の方は僅かであった。この実験はその後も続けられ、羽生善治を筆頭に10人ほどの若手、中堅が参加したという。そして全員が右脳中心派であることが判明した。

 参加者の一人である鈴木輝彦は、自分だけ左脳派だと困るなと思っていたが皆と同じでよかったと笑っていた。

 どうしてプロが右脳派でアマが左脳派なのかはよく分かっていないが、プロは子供の頃から超早指しで指す訓練をしていて直観的であり、将棋をある年齢になってから始めたアマは論理から入るせいではなかろうか。語学でも子供はすぐに外国語を話せるようになるが、学校で文法だ品詞だなどと理論を教えられてしまうと10年習っても英語がうまく話せないではないか。

 先日久し振りに中原永世十段と話す機会があった。何かのきっかけで話が加藤一二三九段の不調ぶりに及んだ。

 そこで実に興味深い中原説を聞かせていただいた。そこに同席したものだけが知っているだけでは勿体ないから、読者にも知っていただきたい。

 加藤ほどの大豪がなぜ今あれだけ連敗を続けているか、中原によればその原因は目にあるという。目とは視力のことで加藤の年齢になれば必然的に視力に衰えがくる。しかるに加藤はメガネを使用していない。長い時間にはそのことが強い影響を及ぼすから、自分に合ったメガネなり何なりの処置をすべきだというのが中原の云いたいことのあらましである。

 そこで私は、しかし我々は眼前の盤面を見ているのではなく頭の中の盤面を見ているのだから視力は直接関係ないのではないか、と反論の真似ごとをしてみたところ中原は、いやそうではない、目がしっかりしていなければ頭の中の盤面に必ず悪影響があると断言された。そして自分も目に合っていないメガネをしていた時に実につまらないミスをした覚えがあると話してくれた。稀有な勝負師の言葉である、読者と共に私も心に留めておくことにしよう。

(以下略)

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昨日の産経新聞に、棋聖戦で防衛を果たした羽生善治三冠のインタビューが掲載されている。

その中で羽生三冠は、名人戦以降にささやかれていた「不調説」を振り払おうと気分転換を兼ねて薄い茶髪に染めたこと、度が合わなくなったのでメガネも少し前に替えたこと、について語っている。

羽生善治さん 棋聖戦最多の9連覇達成 「気分転換兼ねて」茶髪で不調説一蹴(産経新聞)

中継ブログの写真を振り返ってみると、羽生三冠のメガネが変わったのは棋聖戦第2局から。(茶髪は棋聖戦第5局から)

棋聖戦第1局で永瀬拓矢六段に敗れて自身初の6連敗を喫してしまったのが、メガネを新しくするきっかけとなったと考えられる。

メガネを変える以前の羽生三冠の今期の戦績は2勝6敗、メガネを変えた以降は7勝4敗。

中原誠十六世名人の説明通りの展開となっている。

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羽生三冠は、2011年にもメガネを変えている。

この期は、4月に入ってから5月15日まで1勝5敗だったのが、メガネを変えた以降の5月17日から7月2日までは11勝1敗の勢い。

この時のメガネを変えるきっかけは、羽生名人の不調を心配した英文学者の柳瀬尚紀さんが中原誠十六世名人に「羽生さんはどうしたんでしょうか」と話したところから始まる。

数日後、テレビ中継の間だけでも羽生名人がメガネをはずして考えているシーンが2度あったことを思い出した中原十六世名人は、メガネが合わないのではないかと思い、柳瀬さんを通して、何かのヒントになればと連絡してもらう。羽生名人から中原十六世名人にお礼のファックスが届いたという。

中原十六世名人から羽生名人への伝言

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柳瀬尚紀さんが亡くなられたことが昨日報じられた。

柳瀬さんの訃報と、羽生三冠がメガネを変えたことを自ら語っている記事が同じ日に出たことが、何か不思議な巡り合わせのような感じがする。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

英文学者で翻訳家の柳瀬尚紀さん死去…73歳(読売新聞)