近代将棋1993年10月号、高林譲司さんの「第34期王位戦 羽生、史上最年少の五冠に」より。
第1局岐阜、第2局北海道、第3局神戸。王位戦は例年通りに全国を転戦し、今年も第4局は福岡へやって来た。毎年汗だくの移動だが、今年は雨も多く涼しい日が続いている。郷田王位が福岡空港へ降り立った時も、九州とは思えない涼しさだった。道路がぬれているのは雨がさっきまで降っていたためだろう。
挑戦者の羽生竜王は別行動。昨日、長野の将棋まつりに出演したあと、一日早く福岡入りしている。
(中略)
王位戦を担当して8年目に入るが、今回ほど事件、事故に遭遇したシリーズもない。極めつけは第3局、有馬温泉からの帰途。浜松近辺で作業車に事故が発生、新幹線の大阪-東京間が全面ストップしているという情報は帰る日の朝、すでに入っていた。午前11時半には復旧の見込みというので、予定通り旅館を出て、とりあえず大阪まで行こうということになった。
大阪では多少復旧が遅れる予定で12時半ごろ運転再開の見込みと言われた。それが午後2時半に延びた。こりゃたまらんというわけで、郷田、羽生、同行の私と、旅館から一緒に来た弦巻カメラマンは将棋連盟の関西本部で休憩することにした。郷田王位は昨夜、対局のあと鹿野女流初段らと麻雀、そのあとは私のヘボ碁を見ていてほとんど一睡もしていない。神戸新聞の中平論説委員と朝まで碁を打っていた私も同じ。大阪の連盟には宿泊の設備もあり、将棋も見られるしちょうどいい。
結局新幹線が動き始めたのは午後5時半過ぎ。混雑が予想されたので時間をずらし、午後8時55分の「のぞみ」に切符をきりかえた。武者野、櫛田両五段が加わって賑やかになった。
「のぞみ」は普通の新幹線をどんどん追い抜いていくよといったのは武者野だったか、櫛田だったか。とんでもない話で、東京に近づくにつれ、レールの上は列車がぎっしり詰まって動こうとしない。結局、東京駅に着いたのは翌午前1時20分頃だった。
さんざんな目に遭ったというのはこのことをいうのだろう。
二度あることは三度。福岡でも必ず何かあるよと脅す人が何人かいた。底意地の悪い人は飛行機かもしれないよという。何をいっていやがると思った。飛行機なら、こっちはすでに命がないのだから、何が起きようと関係がない。
ホテル・セントラーザ博多に着くと、立会人の脇健二七段がロビーで迎えてくれた。ほぼ同じ時刻に到着うるように切符を手配していたので、脇七段も数分前に到着したばかり。もう一人の立会人、田中寅彦八段は大阪からの新幹線で午後10時頃ホテル入りする予定。
羽生竜王の部屋にさっそく電話を入れると、「あっ、どうもお疲れさまです」と元気な声が返って来た。多忙をきわめる羽生竜王。前日ホテル入りしており、今日一日は、久しぶりに何もない休息日だった。聞けば昼間、映画を見に行ったが、どこもきっしり満席。長雨、冷夏の影響で、名所旧跡より、街の映画館が繁盛しているらしい。
午後6時から前夜祭があり、地元のチビッ子から両対局者に花束贈呈があった。おかしかったのは二人のチビッ子が、ともに郷田王位の方へ行ってしまい、羽生竜王がキョトンとした顔を見せたこと。
(以下略)
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羽生善治竜王(当時)も相当に美男子なのだが、この時の花束贈呈では郷田真隆王位(当時)が制した形となった。
羽生竜王に手渡すべき花を持って郷田王位の方へ行ってしまったチビっ子は女の子だった可能性が高い。
羽生竜王がキョトンとした顔をするのも無理はない。
郷田王位も突然のことでビックリしたことだろう。
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翌日からの対局は、羽生竜王が勝って王位を奪取、史上最年少の五冠王となる。
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羽生竜王が一人で映画を見たのは1993年8月16日(月)。
この頃に封切られていた主な映画は次の通り。
・ジュラシックパーク
・ザ・ファーム 法律事務所
・クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王
・注文の多い料理店
・ラスト・アクション・ヒーロー
・デーヴ
平日とはいえお盆だったので、映画館は混んでいたことだろう。
将棋マガジン1993年11月号の鈴木宏彦さんの「青年五冠王に聞く」では、この日に羽生竜王が見た映画が「ザ・ファーム 法律事務所」であったことが語られている。
「ジュラシックパーク」は私が二度も観たほどの大ヒット映画、「ラスト・アクション・ヒーロー」はアーノルド・シュワルツェネッガー主演の作品。
「どこもきっしり満席」ということなので、羽生竜王も初めは「ジュラシックパーク」や「ラスト・アクション・ヒーロー」を見ようと思ったものの満席で、席が空いていた「ザ・ファーム 法律事務所」を見るしか選択肢がなかったということが推察される。
「ザ・ファーム 法律事務所」の映画評を見ると、原作の面白さの割には映画は平板で、演出にもツメの甘さが残る凡庸な作品とされている。
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しかし、対局前日に、もし「ジュラシック・パーク」を観ていたとしたら、対局中にもティラノサウルスやヴェロキラプトルの姿が頭に浮かんできて、思考の妨げになっていたと考えられる。
「ジュラシック・パーク」はそれほどインパクトの強い映画だった。
そういう意味では、羽生竜王の観た映画が「ザ・ファーム 法律事務所」であったことは、対局には何も影響を与えないという点で良かったのかもしれない。
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