宝石2002年9月号、湯川恵子さんの「将棋・ワンダーランド」より。
毎年、桜が満開の頃に、アマ女王戦が開催される。
女流アマ棋戦ではいちばん賑やか、かつレベル高い大会だ。優勝者はプロ志望が多い。タイトル女流王将位を獲得した石橋幸緒四段など、すでに7人ほど女流プロ棋士を輩出している。 主催は女性だけの将棋愛好会「フェアリープリンセス」。
会長の仁科博子さんは池袋のスナック「スマイル」のママさんで、年齢を訊かれると「80歳よ」なんて、艶然と微笑むのがもう40年も前からの定跡だ。カウンターの中で立ちっ放しで、いつもきっとお客さんと将棋に熱中している。
そんなことはともかく、昨年日本将棋連盟から長年の普及活動に対して感謝状を贈られた。大会案内の郵送から豪華な賞品の調達、最後の荷物運びに至るまで仁科会長の段取りだ。共催・東京アマチュア将棋連盟の代表者も仁科ママの人柄に惚れて協力してくれている。
第11回を数える今年も全国各地から75名の選手が参加した。実は私はフェアリープリンセスの副会長ですが、仕事せず選手で出場。あげくに1回戦で初参加の少女と当たり、豪快な中飛車の裁きを食らって負けたので取材記者に変身した次第。
端正な顔立ちの少女、10才。私のノートに『里見香奈 高浜小学校4年生』と、しっかりした字で書いてくれた。
「お兄ちゃんは強い。妹もちょっとだけ指します」
お父さんと一緒に島根県から夜行バスで上京したそうだ。
プロになりたい?
「はい」
どんどん勝ち進んで決勝。相手は北海道から毎年参加の素敵な主婦、畑中さゆりさん。この人にもぜひ一度優勝してもらいたいが、私は自分が負けたから香奈ちゃんに期待していた。
中央で両者力強い応酬の末に図の局面だ。
どうです。いかにものびのびと一直線の中飛車。5九飛の威力が見事に花開いたシーンだ。図から畑中さんも5筋に歩の連打で頑張って大熱戦だったが最後は香奈ちゃんが寄せ勝った。
女流育成会に入りたいの? 奨励会(男性プロの道)に入りたいの? 訊いたとき香奈ちゃんは可愛い目をキョトンとさせた。考えたことがない、とにかく「プロになりたい」のだ。
B級、C1級、C2級の入賞者も小中学生が多かった。女流アマ棋界は春爛漫~!
香奈ちゃんはプロ四段の女性棋士第1号になるかもしれず、私はノートの可愛いサインを大事に保存しておくわ。
—–
里見香奈奨励会初段が、昨日の奨励会例会で2連勝し、二段に昇段した。
→里見奨励会初段、女性として史上初の二段に昇段!(日本将棋連盟)
里見香奈二段が、全国大会で初めて優勝したのが、この2002年3月のアマ女王戦だった。
小学5年になる直前の小学4年の春休み。
—–
湯川恵子さんが10年ほど前に光文社発行の「宝石」に連載していた原稿複数編が最近見つかったということで、お願いしてテジタルデータを送っていただいた。
湯川恵子さんは、小学生の頃の里見香奈二段に負けていたことを、11年ぶりに思い出してビックリしたとのこと。
メールには次のように書かれていた。
里見香奈さんが小学校4年の時に私は大会で当たって負けたんだなぁ。とか、まったく忘れていたことでした(アマ女王戦)。
女流名人位戦で湯川さんは里見香奈女流四冠の対局の観戦記を何度も書いており、また今年の将棋ペンクラブ大賞では「第39期女流名人位戦五番勝負第2局 上田初美女王-里見香奈女流名人戦」の観戦記が大賞を受賞している。
それでも湯川恵子さんは、負けたことを全く忘れていたという。
湯川恵子さんも女流アマ名人を5期獲得した強者。(5期獲得は女流アマ名人戦史上最高記録。というか、普通は5期も獲得する前にプロ入りするのが定跡)
負けた将棋は忘れる、というのは、将棋を強くなるための才能かもしれない。
—–
将棋の図面はどこかへ消えてしまったということなので、アマ女王戦の図面は再現することはできないが、それにしても、今読むと、とても感慨深い内容だ。
—–
湯川恵子さんの光文社シリーズ、将棋を知らない読者向けに書かれたもので、今読んでも面白いものばかり。
今後、ブログでいろいろと紹介していきたい。