羽生善治棋王(当時)「はーあ~、ち、ちょっと」

将棋世界1992年5月号、神吉宏充五段(当時)の第17期棋王戦第4局〔羽生善治棋王-南芳一九段〕観戦記「羽生、堂々の初防衛」より。

 羽生善治。色紙に「泰然」と揮毫する。落ち着いていて物事に動じないという意味だが、彼を見ているとまさしく、と思う。若くして勝負観を極めたような風格さえ近年は漂っている。今回対局時に着用した茶色の着物も、ぴったりサマになっている。どことなく阿部寛(譲二ではない)に似た美男で、ルックスもいいし、何といっても将棋がこんなに強いのに、いまいち女性ファンが熱狂しないのは不可思議である。そう、あの相撲の貴サマフィーバーみたいになってもいいはずだ。(やっぱり密室の勝負という事でハンディがあるのかなあ・・・)。

(中略)

 確かにT竜王のコメントではないが、南は昨年の終わり頃から、3つのタイトル戦を闘い、A級順位戦もプレーオフに残るなど超多忙のスケジュールをこなして来た。その辺りに勝負のリズムが狂った原因があったのかもしれない。こんな南の最近の状況を中国の三国志風に言えばこうなるのだろうか・・・。

 王将・棋聖と二つの城の盟主だった南芳一。ふと見ると、城の前をわずかな手勢を率いて羽生棋王軍が通り過ぎようとしていた。これはチャンス!と思った南、全軍で城から討って出た。

 その瞬間である。二つの城に向かって、かねてから敵対していた隣国の谷川軍が疾風の如く現れて二つの城に襲いかかった。

 驚いたのは南。しかし時すでに遅し。二つの城は瞬く間に火の手が上がり、あっという間に谷川軍に占領されてしまった。動揺した南に、この機を逃してなるものかと羽生が反撃を開始する。大混乱に陥った南軍は収拾困難で、逃げ道を失って彼はこう叫んだ!

 「どないなってんねん」

(中略)

 「打ち上げは5時半からです。皆さんどうぞ」と立ち会いの淡路八段が棋士室で一声かけている。覗いてみると、そこにはやはり嬉しそうな羽生の顔と、少し背を丸めた南の顔があった。

 この後、二次会は、小林八段の先導で谷川、羽生、私を含めた数人が夜の街へ。そこには南の姿はなかった。

 捲土重来という言葉がある。全てを失った南だが、持ち前の負けず嫌いさを出すのは今である。取られたなら取り返してやる!その気持ちがあれば、屈託のないあの笑顔が蘇る日はそう遠くないだろう。今はまさに捲土重来・・・。

 一方の羽生は三次会まで付き合った。最後の北新地のラウンジでは、店の女の子と「羽生さんは27歳ぐらい?」

 「はーあ~、ち、ちょっと」などと笑いながら実に楽しそう。酒の付き合いの上でも大人になってきた。

 そんな様子を水割りグラスの間から、じっとうかがっていたのが谷川竜王。竜王就位式のパーティーの席上で「一瞬でもいいから7つのタイトルを独占したい」と本音を言っていたが、それからいけば羽生を倒すのは絶対条件。心の中ではすでに宣戦布告をしていたのだろうか。

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”ラウンジ”とは東京では耳慣れない店の形態だが、関西では「クラブとスナックの中間」、九州では「キャバクラ」のことを指すという。

ここで、北新地のラウンジの位置付けを理解するためにも、クラブ、キャバクラ、スナックの違いを簡単に整理しておきたい。

〔料金体系〕

クラブ・・・フリータイム制で時間制限はない

キャバクラ・・・時間制。ハウスボトルの場合が多い。

スナック・・・フリータイム制で時間制限はない

〔体制〕

クラブ・・・ママ、チーママ、ホステス、男性スタッフ(店長、チーフなど)の体制

キャバクラ・・・ホステス、男性スタッフ

クラブ・・・ママだけ、あるいは女性スタッフ数名

〔接客〕

クラブ・・・客一人に対してホステス一人以上が席につく

キャバクラ・・・客一人に対して女性スタッフ一人以上が席につく

スナック・・・カウンターのみ、あるいは客数人に対して女性スタッフ一人が席につく

〔カラオケ〕

クラブ・・・高級店は置いていない

キャバクラ・・・高級店は置いていない

スナック・・・置いている

北新地のラウンジは、クラブとスナックの中間の位置付け。

廉価なクラブ、あるいは高級スナックと考えれば分かりやすく、次のような形態となるようだ。

・料金体系・・・セット料金(ボトル別)、2時間までの料金であることが多い

・体制・・・・ママ、チーママ、女性スタッフ(男性スタッフはいない)

・接客・・・客数人に対して女性スタッフ一人が席につく

・カラオケ・・・置いている

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羽生善治棋王(当時)が女性スタッフと楽しそうに話しているのを、水割りグラスの間から、じっとうかがっていた谷川浩司竜王(当時)。

テレビドラマにしたら、ものすごく迫力がありそうな場面だ。

北新地のラウンジのカウンターでママ(かたせ梨乃)と話をしている谷山竜神(東山紀之)が、ふと、ボックス席で女性スタッフ(有村架純)と楽しそうにしている羽主将王(阿部寛)の姿を水割りグラスの間から、じっとうかがう。そして、その目は闘志に燃えている。

ここでドラマの挿入歌が流れて”つづく”のクレジット。そして次週予告。

というようなドラマ、絶対に見てみたい。