米長邦雄九段(当時)に「連盟一の研究男」と言われた森下卓六段(当時)

将棋世界1992年7月号、米長邦雄九段(当時)の王位戦リーグ〔森下卓六段-米長邦雄九段〕自戦記「米長玉で千日手」より。

 森下君は4月に入ってからやや対局過多気味で、本局の頃は8日間で6局という超ハードスケジュールであった

 その前の超多忙男・谷川浩司先生は4月は1局も対局なし、ということでどうも対局の調整はなかなか難しいようである。

 しかし、森下君の場合はこれを超ハードスケジュールと思うのは大きな間違いであって、彼は残りの2日間は研究会に出席していたらしい。

 これが私にはどうしても理解できない。

 いつだったか、森下先生に将棋を教わった時のこと。午前10時から研究を始めたのだが、いつまでたっても終わる気配がない。私は空腹をこらえていたものの、教わる立場の者がそんな発言をするわけにはいかない。午後2時になってからたまらず「おなかすかないかい」と訊くと「そういえば少しすきましたね」との答えだった。遅い昼食をとって少し散歩をして、これで解散かと思ったら大間違いである。午後は棋譜を並べましょう、ということであった。日が暮れてようやく解散である。私は一杯呑んでというつもりだったのだが、森下先生は「夜は詰将棋を解かなければなりませんから」とのことだ。

 こういう人と付き合ったら大抵の人は頭がおかしくなってしまうだろう。

 連盟一の研究男である。

 しかし、彼は全日プロ決勝で羽生棋王に2勝3敗と、またしても大魚を逃した。

 しかも、第4局、第5局はヒネリ飛車を連採されての敗戦。

 「同じ戦法で2局続けて負けるのは研究が足りないからです。研究不足を痛感しております」

 この発言には答えようがなかった。

 とにかくこんな研究熱心な男はいないと思うのだけれども、本人に言わせると「いや、私より研究している人が少なくとも6人います」とのことである。

 その中に私の名前がないのが辛いところなのだが、ちなみにその6人の名前を挙げると、一番研究しているのが大山十五世名人、そして、谷川竜王、中原名人、羽生棋王、丸山五段、中川五段、ということである。

(以下略)

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私のような人間がこのような場に居合わせたら、間違いなく、午後2時から酒を飲みながらの食事となり、午後4時半頃から2次会という流れだ。

世の中の酒好きな人の40%の人がこのような道を選ぶだろう。

ここでぐっとこらえて、遅い昼食後から夕方まで棋譜並べをやったとしても、その後は打ち上げで飲みに行く、という道を選ぶ人が全体の59%(午後2時での脱落組と合わせると累計99%)にはなると思う。

そのようなタイミングで、「夜は詰将棋を解かなければなりませんから」と言って帰宅する森下卓六段(当時)。ストイックさ200%のオーラに包まれる夕暮れ時の鷺ノ宮。

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とはいえ、受験勉強をしている頃のことを思えば(当時は酒を飲まなかったとしても)、学校で授業を受けた後、友人から遊びへの誘いがあったとしても、家で勉強をしなければということで帰宅の道を選ぶのが普通の成り行きとだったとも言える。

そういう意味では、棋士の研究は、受験勉強がずっとずっと続いているようなものと考えることもできるかもしれない。

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もう一つ思い出すのは、私にとってはドラゴンクエストシリーズ。

1990年代までは、ドラクエが発売されるや、週のうち5日以上酒を飲んでから家に帰っていた私が家へ真っ直ぐ帰るようになり、土日に至っては家に引きこもり、トイレに行く時と寝る時以外はドラクエをやり続けていたものだ。

同列に語ってはバチが当たるかもしれないが、発売されたばかりのドラクエを夢中になってやり続けている時のような熱さを、棋士は将棋に対して毎日毎日持ち続けていると言っても良いのだろう。

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今日は電王戦第4局、森下卓九段-ツツカナ戦。→ニコニコ生放送

森下卓九段はエピソードも多く、過去のブログ記事も多くある。

林葉直子「私の愛する棋士達 第11回 森下卓六段の巻」

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