豊川孝弘四段(当時)「かぶ山のおばちゃんもびっくり大盛りライスおかわり攻撃」

将棋世界1994年12月号、豊川孝弘四段(当時)の16ページ講座「力戦型の指し方」より。

 みなさん、こんにちは。豊川です。

 今回、「イヤッスイヤッス」と逃げ回っていた16ページ講座をとうとう書かなければならない羽目になってしまいました(けれども一生懸命書きまっすから最後までお付き合いください)。

 僕の講座はちょっと乱暴でお行儀がよくないかもしれませんが、「気合」重視の僕の実戦の序盤をもとに進めていきたいと思います。

 よろしくお願いしまっす。

力戦中飛車の巻

 まず、早指し戦の予選から。今年の5月30日に行われた郷田真隆五段との一戦です。

 郷田五段は王位のタイトルを持っていたこともある実力者です。将棋界では一、二を争ういい男として有名です。

初手からの指し手
▲7六歩△3四歩▲2六歩△5四歩(1図)

 僕の序盤はその日の気分で指していくことが多いです。将棋盤の前に座り、対戦相手の「気合」を雰囲気で感じ取りながら思った手を指す。もちろん僕も相手に「気合」だけは負けないようにしようと努めています。

 僕はこの日、男前の郷田五段を前にしたせいもあって?「気合」からも力戦形に誘いたくなり4手目に△5四歩と突きました。

 いつも定跡形しか指さないという人も一度くらいは力戦の楽しさ、面白さを実戦で試してほしいと思っています。

豊川1

1図以下の指し手
▲2五歩△5二飛(2図)

 先手は▲2五歩と飛車先を伸ばしてきます。僕は△5二飛と中飛車に振って2図です。

 先手としては無防備状態の後手の角頭をすぐに攻める手が第一感です。会社のお昼休みの将棋ならば2図からほとんどが▲2四歩と仕掛けてくるのではないでしょうか。

 この場合にも困らないように、豊川が秘策をこっそり教えちゃいます。

豊川2

2図から▲2四歩の変化
▲2四歩△同歩▲同飛(参考A図)

 2図から▲2四歩には△同歩と応じる一手です。仕掛けてきた相手は当然▲同飛と走ってきて、「どうだ」という顔をしてくるかもしれません。

「ああ困った。角頭が無防備だったか。2筋を破られてしまった。まずいぞまずいぞ」という顔をしているといいかもしれません。相手の楽観度はより増してくるかもしれませんからね。

 参考A図はたしかに後手ピンチに見えますが大丈夫です。というより、後手から2筋を逆襲していく手があります。

 参考A図から「以前の対策」と「最近の対策」をこの講座で明かしちゃいます。

豊川3

参考A図から以前の対策
△8八角成▲同銀△3三角(参考B図)

 参考A図から以前は角を換えて△3三角(参考B図)と打つことが多かったのです。が、この手は先手にいい手が見つかりました。

豊川4

参考B図以下の指し手
▲2八飛△2六歩▲7七銀△2二飛▲4五角△(参考C図)

 参考B図から▲2一飛成は△8八角成で後手有利ですから、先手は▲2八飛と引いて銀にひもを付けます。後手は△2六歩と垂らして次に△2七歩成を狙い、先手はその防ぎに▲7七銀と上がります。

 後手は△2二飛と回って2筋を逆襲し好調に見えますが、ここで▲4五角(参考C図)といううまい手があります。公式戦では丸山忠久五段が最初に指した手です。以下△5二金左▲3八銀△4四角▲3四角と一歩得してこれは先手が指せるわかれだと思います。

豊川5

参考Aから最近の対策
△8八角成▲同銀△2二銀(参考D図)

 先手が飛車先を交換してきた場合、角交換から直接手の△3三角を打たずに、△2二銀とやんわり銀を上がっておくのが最近よく指される後手の対策です。

豊川6

参考D図以下の指し手
▲2八飛△2七歩(参考E図)

 参考D図は、ほうっておくと△3五角や△3三角といった手がありますから、先手は不安定な飛車を2八に引きますが、△2七歩(参考E図)とたたく手が気持ちのいい手。

 参考E図から▲2七同飛には△4五角があります。先手は飛車を横に逃げる一手ですが、△3三銀~△2二飛と2筋の逆襲を見せて、僕の見解では後手が指せる将棋。

 △2二飛のあとは△6二玉~△7二玉ととりあえず王様を囲ってから3三銀のさばきを狙っておけばいいでしょう。

 2筋を逆襲していく指し方は実に気持ちのいいものです。

 お昼休みの将棋で飛車先を破ったつもりになっていた相手が逆に2筋を押し返されてしまったとしたら、もうそれだけでショックを受けてしまうというものです。

 本譜、郷田五段は2図から▲2四歩とか来ませんでした。

(中略)

△3二金戦法の巻(1)

 初手▲7六歩に対して2手目に△3二金と上がる指し方も僕はよくやっています。プロでは僕がもっとも多く指しているかもしれません。まずは僕が四段にデビューしたてのころの将棋から。高田尚平五段との一戦です。

初手からの指し手
▲7六歩△3二金(6図)

豊川7

 この2手目△3二金は「挑発的な手だ」とかいわれますが、僕自身は挑発しようと思っているわけではありません(こんなに多用してちゃ挑発なんかなんないっすよね~)。

「邪道だ」とか「志が低い」とかいろいろいわれて毛嫌いされる△3二金戦法ではありますが、皆さんもたまには気分転換にこんな手もいかがでしょうか。

 もし仮にこの手を見て、対戦相手が頭に血がのぼるようなら、それだけでも儲けものです。

6図以下の指し手
▲5六歩△3四歩▲5五歩△3三金(7図)

 6図からの▲5六歩は先崎六段が「すばらしい」と感動した手です。後手が角道を開けた手に高田五段は▲5五歩と中央の位を取りました。

 ここで僕はまったくの思いつきで△3三金(7図)と上がってみました。

 こんな金上がりは指した人がいないだろう、と思っていたのですが、その昔、高柳敏夫名誉九段が(局面はちょっと違いますが)指されていたそうです。

豊川8

(中略)

 7図から先手は▲5八飛と回ってきました。

 7図で▲5八飛以外の手だとどうなるのでしょうか。

 実は僕、この手は秘密兵器にしておこうと思って構想を暖めていたんです。ですから教えたくないんですけど、あ~、もう教えちゃいまっす。

 7図の△3三金に▲6八銀という手だと、△4四金と出て、▲5八飛に△3五歩(豊川秘策の図)と突くのが僕の狙いの一手です。

 僕の見解では後手が優勢になります。信用してください(注・もちろんこの手で失敗したとしても死ぬわけじゃないっすよね)。

豊川9

 豊川秘策の図から①▲6六歩②7七銀③5七銀という手では△5五金と出て、序盤で早くも一歩取れ、横歩取りもびっくりという将棋になります。

 先手は▲4八玉という手が一番普通の手ですが、そこで△3二飛と回って、後手が模様をとりやすい将棋。僕の見解では「後手必勝です」(注・あとは皆さんの棋力次第でんがな)。

 本譜にもどりましょう。

(中略)

△3二金戦法の巻(2)

 2手目△3二金戦法は珍しい手のため実戦例も少なく、定跡形が確立されていません。

 先手の応手もさまざまです。

 日浦市郎六段との一戦から。

初手からの指し手
▲7六歩△3二金(9図)

  2手目△3二金戦法で9図です。

 ここで日浦六段はすごい一手を指してきました。

9図以下の指し手
▲1八香(10図)

豊川10

 なんと日浦六段は△3二金に▲1八香と上がってきたんですね。この手は、先手が普通の心境ではないことを表しています。僕としては早くも1ポイントリードを奪ったような気分。心の中で(クフフ)とヨコロンでいました。

(中略)

 互いに飛車を振って駒組となりました。

 ただ、先手は▲1八香の一手が、現在のところまったくのムダ手になっています。

 僕としては自信を持って進めていたのですが、11図の△1五歩が悪手でした。

豊川11

11図以下の指し手
▲7四歩△7二金▲6五桂△6二角▲7三歩成(12図)

 11図の△1五歩では△7三歩と受けておくべきでした。

 日浦六段の▲7四歩が絶妙の一手。新人王に輝いたこともある日浦六段の力を垣間見た一手でした。

 僕はといえばこの一手をまったく見落としていました。あ~、こんなばかは死ね、豊川。

 11図から▲7四歩と打たれて驚くべきことに受けがないんですね。

 ▲7四歩に△7二歩と受けるのは▲8六飛で成りが受からなくなります。本譜はやむなく△7二金と受けましたが、▲6五桂と跳ねられて先手の攻めに勢いがありすぎます。

豊川12

 12図以下は△7三同桂▲同桂成△同金▲6五桂と「かぶ山のおばちゃんもびっくり大盛りライスおかわり攻撃」(編集部注・かぶ山=豊川四段や丸山五段がよく行く定食屋さん)のような桂がとんできました。金が逃げると飛車を成り込まれてしまいます。やむなく△6五同銀と食いちぎって粘りに出ましたが、作戦失敗となってしまいました。

(以下略)

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豊川孝弘四段(当時)の講座「力戦型の指し方」。

力戦型の講座というものが成り立つのだろうかと思うところだが、まだゴキゲン中飛車という名前が付く前の力戦中飛車と2手目△3二金戦法が、狙いや指し方の方針とともに、非常にわかりやすく解説されている。

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「イヤッスイヤッス」、「一生懸命書きまっすから」、「よろしくお願いしまっす」、「教えちゃいまっす」など、豊川孝弘四段(当時)の「◯◯◯◯◯っす」という口癖がいろいろと出ていているところが、この講座の一つの特徴だ。今なら「よろしくお願いしマンモス」となるのだろう。

お昼休みの将棋、「かぶ山のおばちゃんもびっくり大盛りライスおかわり攻撃」など、この当時の豊川七段の芸風がふんだんに盛り込まれていて、とても趣がある。

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「かぶ山」は高円寺にある和定食の店。

1996年の将棋年鑑で、豊川孝弘五段(当時)は「おすすめの食べ物」の質問に対して、高円寺のかぶ山の定食と回答している。

2010年頃のメニューは、刺身定食 980円、肉豆腐定食 980円、若鳥唐揚定食 980円、ヒレカツ定食 980円、カキフライ定食 980円、焼魚定食 880円、煮魚定食 880円、豚生姜焼定食 880円など。

かぶ山(食べログ)

1996年のNHK将棋講座 で書かれた丸山忠久五段(当時)の自戦記に、「おばちゃん、いつもの定食に納豆付けてね」という場面が出てくるが、この店も「かぶ山」である可能性が高い。

丸山忠久九段の納豆巻きの秘密