昨日の記事のA・B・C図からの羽生善治四冠の次の一手。
A図。森内俊之竜王・名人(当時)が△8四角と打ったところ。狙いは△5七歩成▲同銀△同角成▲同金△同飛成。羽生四冠はこれをどうやって受けたか。
B図。▲3三歩成だと△2四飛の素抜き。ここからの羽生四冠の次の一手。
C図。後手の歩切れを突いた、事実上の決め手となった羽生四冠の渋い一手。
将棋世界2004年11月号、中島一彰さんの第52期王座戦第2局〔羽生善治王座-森内俊之竜王・名人〕観戦記「羽生の頭脳に異筋はない!」より。
「中飛車は作戦です」と、局後の森内。
「予定の」という意味だろう。
新聞見出しに、これを”ゴキゲン”と付けてよいものかどうか、控え室では論議を呼んだが、主催紙解説担当、深浦康市八段の明快判決、「振り飛車側が角道を止めない中飛車は、ゴキゲンです」。
対して羽生はサッサと玉を舟囲いに移してから、▲3六銀(1図)と、歩越しに繰り出した。
「後手の方を持って同じ将棋をやったことがあります」と、局後の羽生。
(中略)
本譜、森内は一工夫して△4四角と打ち、先手陣を▲7七桂型(この形の方が先手玉は薄い)にさせてから△8四角と遠見の角を放った(A図)。狙いは△5七歩成。
「中央からは予定の行動ながら、攻めが少し軽くなってしまった」と、森内の反省の弁。
対して羽生は▲7九角!受け一方の自陣角で、本局立会人、地元の小倉出身の森下卓九段は「私も▲7九角が第一感だったのですが、皆の大ヒンシュクを買ってしまいました」と、大盤解説会で、話したものだった。
しかし、▲7九角は好手。
「△8四角に▲6六角もありますが、やっぱり少しイヤですよね」は、羽生。
△6六同角▲同歩△3九角には、▲6七玉の受けがあるものの、▲6六同歩に△3五歩と手を戻されて、本譜よりは劣る変化のようだ。
4図以下の指し手
△3九角成▲3四歩△5四飛▲5五歩△4四飛▲2五歩(5図)4図から△3九角成。この手が敗着となった。
「△3九角成はスカタンでしたね」解説会場のファンの前で、局後の森内。会場が、どっとどよめいた。
▲3四歩の取り込みに、森内△5四飛と浮き、▲5五歩には△4四飛と横滑り(B図)。
飛車の素抜きを見せることにより▲3三歩成を防いだ順だが、次の一手を「全くうっかりしていました」と、森内。
「一手で終わってしまいました」は、やはりファンの前での感想。この正直さが、森内の魅力なのだけれども……。
羽生、▲2五歩(5図)。考慮時間1分が、読み筋通り、を示している。
普通、歩は飛車先に打つとしたものだが、本局は飛車底の歩?ちょっと思いつきにくい一手ではある。先の▲7九角といい、この▲2五歩といい、いずれもやや異筋の一手だが、羽生の頭脳にとっては異筋でもなんでもなく、自然な一手なのだろう。
凡人には異筋に映る一手は、さらに本局で出現する。
5図以下の指し手
△2三歩▲3三歩成△2四歩▲4五歩△3三金▲4四歩△3六歩▲道銀△3八飛▲3五飛(6図)▲2五歩(5図)は、単に飛車にヒモを付け▲3三歩成を可能にしただけではない。△2三歩と突かれ、行き場所のなくなった飛車は、歩で取られる運命になるのだが、▲3三歩成△2四歩と進んだ時▲4五歩と突けば、後手の飛車も詰んでしまっているのだ。
結果は飛車の交換。羽生の桂得。森内陣は3一銀の遊び駒が大きなマイナス。
森内が△3八飛(C図)と打ち下ろしたところで、羽生は次の一手を指さずに夕食休憩を挟む。うまいタイミングの作り方だ。
そして再開されるや否や、1分で▲3五飛(6図)と、中段に放った。
6図以下の指し手
△2二銀▲4七銀△2八飛成▲4五桂△4四金▲3二飛成△4五金▲2二竜△1九竜▲5三桂△7一金▲6三銀△5七桂(7図)歩切れの後手は△3四歩と受けられない。▲3五飛(6図)の金取りに、さすがの森内も、ホトホト困ったことだろう。
△2二銀と反対方向へ上がって受けたのは、いずれ取られる運命なら、2二で取らせようという意図。
対して羽生は▲4七銀。敵飛に当てつつ引き締めた味の良い手。この時△3七飛成と桂を取られないのが▲3五飛の効果。そして助かったその桂が、勇躍して▲4五桂だからたまらない。
持ち時間を目一杯使って森内も頑張るが、逆転の望みはほとんどない。
6図以下、感想戦では両者一言もなく、淡々と指し手を進めるのみだった。
(以下、昨日の記事のC図の下に続きます)
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▲7九角、▲2五歩、▲3五飛とも、感覚的になかなか思い浮かばない絶妙手。私などが何時間考えても一生指せない手だ。
個人的には▲2五歩に一番驚いた。
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森内俊之竜王・名人(当時)が言った”スカタン”は、古く江戸時代から使われる言葉(俗語)で、当てが外れること、騙されること、間違いや見当違いを意味するという。
機会があったら、私も自分が指した手に対して言ってみようと思う。