中田章道六段(当時)の味わい深い随筆

将棋世界1994年12月号、中田章道六段(当時)の「待ったが許されるならば……」より。

 我が家の女房はぐうたらで、家の中のことはほとんどなにもしないのに、外へ出ると人が変わったようによく動き働く。おかげで、よそでは働き者の奥さんで通っているらしい。

 今日は仕事休みの日だが、早朝の6時に「岐阜の姉の所まで行って来る」とまだ寝ているわたしを起こして、さっそうと車で出て行った。

 二人で家に居るとケンカばかりしているので、ちょうどよい。平和で静かな一日を過ごせそうだ。

 昨夜よりの雨は降り止まずにいる。こんな日は外へ出るのも億劫だし、前から頼まれていた”エッセイ”を書くのに打ってつけの日和だ。

 まずその前にタバコを一服。これも女房がいないのでゆうゆうと吸える。身近から、マッチを取り出して擦り、なにげなく箱を見ると、「餃子なら夜来香」の文字。中国料理店の広告だった。最近はとんと御無沙汰している店なのになんでマッチがあったのだろうか?”夜来香”かあ。ふと脳裡に昔の想い出が浮かぶ。

 もう20年以上も前のことで、奨励会の三段だった。お金はなかったが、若者らしくエネルギーに満ちていた。

 スポンサーがいて、毎夜のごとくキャバレーに連れて行って貰ったが、そのうち馴染みの女ができ、ない金を工面してひとりで通った。一度だけだが、彼女の実家がある博多にも行った。あとはご想像にお任せする。

 ”夜来香”は、キャバレーが引けた後にいつも立ち寄る店だった。

 タバコもその頃覚えた。ずっと「ハイライト」一筋で、一時期禁煙したこともあったが長続きはしなかった。1日約2箱のペースだが、今日はいつもより多くなりそうだ。

 夢から覚め窓を見ると雨がまだ降り続いている。

 傍らでは我が家の娘「ラウダ」が座蒲団の上にちょこんと居坐わり、気持ちよさそうに寝そべっている。

 娘と云っても人間にあらず、女房の弟から貰って来たメス犬だ。いまの家に引っ越したのが10年前で、その時に引き取った。当時3歳ぐらいでそれに10年。人間ならばとっくにおばあさんの歳だが、未だ娘である。

 初めて我が家に来たときはなかなかなつかず、前の飼い主である義弟を慕ってか一日中泣いていた。勝手口の木柱をかじってボロボロにしたこともあったが、いまではすっかり甘えて困り者だ。当初、女房との約束で、「家の中には入れない」「食べ物と散歩の世話も自分でせよ」と条件を付けた。

 義弟が立派な犬小屋を造ってくれて、しばらくはその約束も守られていた。

 ところが、ある冬の寒い日に女房がかわいそうだからと家の中に入れてしまった。

 わたしは怒り外へ出したが、それ以来はこそっと留守中に室内へ入れていたようだ。それに気付いて犬小屋に戻すようにしたが、もうすっかり家に慣れたのか外へ出すと機嫌悪く、勝手口の戸を足でドンドン叩くようになった。それも無視していると、今度は”ワンワン クンクン”と泣き散らす。ひっ切りなしの”ドンドン ワンワン クンクン”攻撃にたまらず、とうとう室内で飼うハメになった。

 食事の世話もいつかしらわたしの役目となっていた。それも初めこそドッグフードだけで済んでいたのが、段々他の物も混ぜてやるようになり、ご飯やかつお節に魚・肉・みそ汁、それに大根の煮物・こんにゃく・うどん・そうめんetc。何でも食べるよい子といいたいところだが、ドッグフードだけのエサだと食べなくなってしまった。

 結局初めの約束で守られているのは散歩の義務だけで、朝と夕の2回。まず家の中で前足を張って背伸びするように準備体操し、尻尾を振る。早く外へ連れていけの合図だ。長い時で1時間、短いと5分もせずに帰って来る。全く女房の都合次第勝手のよい散歩だが、行かないよりはましだし、わたしは絶対に行かないのだ。

 女房が甘やかし過ぎて、2階へ上れば一緒について行くし、ちょっと顔が見えないだけでもキョロキョロおろおろ心配そうにする。外出するときは気配で察し、”ワンワン”泣き出す。

甘えん坊で淋しがり屋の娘に育ててしまった。

 こんなラウダにとって我が女房は母親であろう。だが、わたしは父親でないようだ。ただの同居人で、食事係のおじさんとしか思っていないらしい。

 いまでは空き家となったお嬢様の別荘に、最近どこかの野良猫が居着くようになった。エサまでは与えていないが、勝手に来て泊まり込み、知らぬ間に出て行ってまた戻って来るのだ。お嬢様もこれに気付いたようで、「ワン」と呼ぶと「ニャーオ」と応えるようになった。

 雨も漸く上がった。全く静かな一日だ。

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何気ない静かな一日が舞台になっているのに、とても心に残るエッセイ。

ラウラちゃんの目に見えるような可愛さ、そして奥様の雰囲気が活き活きと描かれている。

そして、奨励会時代の悲恋。

「あとはご想像にお任せする」と書かれているが、彼女の博多のご両親から「娘との交際は許さない」と言われたのだと思う。

中田章道七段の奨励会時代、内藤國雄九段の「おゆき」がヒットする前で、将棋のプロがいるということを知っている人が少なかったし、知っていたとしても、棋士という職業に理解のある人も少なかった。

奨励会員と名古屋・栄のホステス嬢、背景とその後の状況と展開は異なるが、一瞬だけを捉えてみれば、奨励会員とフラメンコのフロアダンサーの心模様が描かれたドラマ「煙が目にしみる」を思い浮かべてしまう。

銀河テレビ小説 煙が目にしみる(NHKみのがしなつかし ダイジェスト映像)

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名古屋の夜来香は現在も人気がある店のようだ。

東京・六本木で言えば、店が終わった後に締めで行くことが多いとされる、鶏煮込みそばが有名な香妃園のような位置付けなのかもしれない。

餃子なら夜来香