将棋世界1985年4月号、大野八十一雄四段(当時)の「関東若手棋士 地獄めぐり」より。
青野八段は皆様、ご存知のA級八段である。このクラスは言うまでもなく我々にとっては大きな目標であり、あこがれだ。当然、氏の年収は◯千万円を超えていることは間違いない。しかも都内に豪華なマンションを持ち、実家は静岡焼津市で大きな魚問屋を経営している。
花の独身貴族といっても、こうまで条件のそろった独身貴族はそうはいないだろう。ところが、この青野、さっぱり女性にはもてなかったのである。
数年前将棋界には、3K+2M+Aという有名な言葉があった。この意味は、一生結婚はできないであろうと誰もが信じていた者たちのイニシャルなのである。
中でも、Aはその中で会長格として通っており、浮いた話の一つもあがることがなかった。人は彼を将棋界の森田健作と呼ぶのであった。
Aとは、いうまでもなく青野八段のことである。氏には2人の弟弟子がいる。
鈴木輝彦六段と神谷広志五段である。この後輩がなんと、そろって青野を出し抜き結婚をしたのである。鈴木六段の結婚式では、指をくわえながらも、余裕のある表情を見せていた青野だが、20歳そこそこの、あの神谷五段が結婚した時は、さすがに焦りを覚えたらしい。
選挙運動に金はつきものというが、彼の場合も、恋人作りのために金を惜しまずバラまく作戦に出た。しかし彼の数年に亘る努力はまったくむくわれる気配はなかった。
お見合いも数えきれないほどしたという。が、ほとんど振られたという。
そこで財力に物を言わせて、海外旅行のたびにそこらじゅうの女の子におみやげをバラまいてみたのだが、これも何の役にも立たなかった。
ただし、しゃくではあるが彼の名誉のため付け加えると、彼がお見合いで振られる場合の理由は、彼があまりにも真面目で立派すぎるために、相手がビビッてしまうことによるらしい。
彼のことが気に入っても女性から見ると、自分の方が振られるに決まっているから、それでは自分から先にというのが大半の理由だった。(しかし、お見合いで断る場合、「私にはもったいない」というのはよくある言い訳のような気もしますナー)
そういう氏も一度若い女性とお見合いし、「これでイイや」と一度決断したことがあったという。しかし、その女性はすかさず「先生には私よりもっといい人が現れるはずです」と突っぱりをくってしまった。アア、もてぬ男はつらい。
ところが、なんとその女性の断りの文句が現実になってしまったのだから世の中は恐ろしい。
氏は昨年の11月、世にも美しい女性美樹さんと結ばれたのである。
ここからは美樹さんの告白をお聞きいただこう。
美樹「最初、お目にかかった時、いろいろ彼のことを聞かされ、随分と偉い人なんだなと思いました。気に入ったのは目がものすごく透き通ってきれいなことと、メガネをはずした時にすごく可愛らしかったことです」
デートを2、3度重ねた後、彼はプロポーズした。氏の責任感の強さ、男らしさを見抜いていた美樹さんは少しのためらいもなく「ハイ」と応えたという。
うらやましいな。コンチクショウ!
美樹「わたしの描いていた棋士のイメージは、度の厚いメガネをかけ、髪型は7・3カット。そしてつり上がった目つき」
私はこれを聞いた時、なるほど棋士は女性にもてぬはずと納得した。
美樹「でも、彼の場合は、何に対しても善意があり、それでもって歯並びが可愛く、笑った顔がいかにも幸福そうで、何ともいえぬ親しみを感じたんです」
ウーン、もうだめ。マイッタ。マイッタ。
(中略)
婚約期間中、氏はカラオケパブで美樹さんのために歌をプレゼントした。(キザなやっちゃ!)
その時の歌がなんと三橋美智也と郷ひろみだったというのだから、まったくどういうレパートリーをしてるんだろう。しかも歌い終わった氏は「僕は七色の声を持ち、その場によって歌いわけられるんだ」と胸を張ったという。
(中略)
美樹「サラリーマンと結婚した友達に比べて、自分は毎日、張りつめた気持ちを感じています。勝負に生きる夫を持つ立場として、新鮮な雰囲気を味わっているからです」
しっかりした奥様だ。
美樹「何か応援してあげたいのだが、何もできないのが寂しい。それに私は我がままなところがあるので彼に心配させてしまう。でも、今はそばにいてくれればそれだけで幸せです」
ガクッ。(大野倒れる)
私は美樹さんに質問を済ませた時、逆に「大野さん達は幸福そうでいいですね」と言われてしまった。馬鹿な私が「そんなこと言われたら返す言葉がありません」と応えると、すかさず「私達ももちろん幸福です」とやられてしまった。
もうこれ以上、私はなにも書く気力がなくなってきた。もうやけくそである。
幸福な日々を送り、人望も厚く、人柄も良い青野八段バンザーイ!
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この時、青野照市八段(当時)は31歳。決して遅い結婚というわけではない。
写真を見ると、とても綺麗な奥様で、本当に「もっといい人」というイメージ。
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それにしても、3K+2M+Aとはすごい言葉だ。
どのような構成メンバーだったのだろう。
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青野照市九段の奥様は、過去のブログ記事に一度登場している。
青野照市九段の近代将棋1996年2月号「実戦青野塾」より。
後年、佐藤(康光九段)は私の主宰する研究会に来ていたことがある。四段になった直後くらいだったろうか。その佐藤を見た私の妻が、
「佐藤さんはいい顔をしている。目が違うのよ」
と言っていたことがあった。どう違うかというと、人と話している時でも、何か遠くを見ているような目なのだと言う。
これと同じことを、最近もう一度言った。森内俊之八段が、伊豆高原の自宅に遊びに来たときである。冗談で、霊媒師になれば良かったと言っている妻には、何か違うものが見えたのかもしれない。
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三橋美智也と郷ひろみという組み合わせは、たしかに考えられないようなレパートリー。
青野八段は郷ひろみさんのどの曲を歌ったのだろう。
時期的には「2億4千万の瞳」が流行っていた頃だが、いろいろと歌詞を分析すると、「マイレディー」が婚約者に捧げる歌に向いていそうだ。
「お嫁サンバ」は、タイトルの印象とは反対に、結婚をする女性に「あわてないで」とか「一人のものにならないで」と歌っているので、婚約者の前で歌ったら修羅場になってしまう。