山崎隆之六段(当時)のパラダイス

近代将棋2005年2月号、村山慈明四段(当時)の「定跡最前線特捜部」より。

 横歩取り△8五飛戦法の対策として一世を風靡したのが「山崎流」と呼ばれる8筋に歩を打たないで角交換する型である。山崎流に対して中座真五段が指した新手が優秀で、今では全くといっていいほど山崎流は指されなくなった。

 が、山崎流の生みの親である山崎隆之六段はまた新しい作戦を生み出してきた。今月はその「新山崎流」について解説したいと思う。

(中略)

山崎1

 基本図の先手の陣立てが新山崎流の骨格である。見ての通り居玉であるが、その分桂馬の活用が早い。ここが主眼である。基本図ではすぐ仕掛ける△8六歩と、駒組みを進める△7四歩に分かれる。まずは△8六歩から調べてみよう。

基本図以下の指し手
△8六歩▲同歩△同飛▲3五歩△8五飛(1図)

 △8六歩の仕掛けは若干早いような感じもするが、先手の右辺が壁になっているので有力な手段である。▲3五歩と飛車の横利きで受けるのはこの形での常套手段。後手はすかさず3五の歩を狙って△8五飛と引く。ここで通常の中住まいならば▲3三角成~▲3四歩と攻め合いに行く手も考えられるが、この形では直後の△8九飛成が厳しすぎてさすがに無理だ。

 では、△8五飛にはどう対応するのが良いだろうか。無論▲8七歩のような弱気では△3五飛で不利となる。

山崎2

1図以下の指し手
▲7七桂△3五飛▲2五飛△同飛▲同桂△1五角▲6五桂△2九飛(参考1図)

山崎3

 ▲7七桂と活用するのは有力な指し方の一つ。△3五飛までは▲山崎-△山本戦の実戦例があり、その将棋は▲3六歩△3四飛▲6五桂△8四飛と進み後手が勝っている。

 ▲3六歩が疑問で、▲2五飛が優るというのは山崎六段本人から直接聞いた話。飛車交換直後の▲6五桂と跳んだ局面にて、玉が6八~7七と逃げる様を指でなぞり「パラダイス」と表現していた(なかなかユニークな発想だ)。パラダイス拒否の△2九飛(これも絶好打である)と打った参考1図はどうだろうか。先手玉は大駒2枚に睨まれ、かなり危険な格好である。

 しかし参考1図で▲2三歩△同金▲2四歩と攻めると後手は△同角と取るしかなく、だいぶ先手玉が楽になる。以下▲8二飛と打ち込んで先手が少し良さそうだ(△2五飛成なら▲5三桂成△同銀▲2二角成で先手良し)。

(中略)

 新山崎流ははっきり言って本人以外に指す人が少なく、それゆえ実戦例も少ないので未開拓の分野が多い。しかし今回僕が実際に指した感じだと、居玉も指し方によってはしっかりしているし、早めに右桂を活用しているため攻撃力もある、なかなか有力な作戦という印象だった。

 先ほど解説した山崎-村山戦の感想戦で、山崎六段は残念そうにこう言っていた。

「昔の角交換するのはみんな指してくれたけど、これ(新山崎流)は誰も真似してくれない……」

 僕の講座を読んで「新山崎流」を指す人が増えるかもしれませんよ。

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先手玉が6八から7七と逃げるのを「パラダイス」と表現するのは、玉の薄い将棋を得意とする山崎隆之八段ならではのユニークな感性。

日本語に訳せば「楽園」ということになるのだろう。死地から逃げ出すことができれば、そこがどのような環境であれ楽園だ。

人によっては穴熊や美濃囲いに入城してパラダイスと思うこともあるだろうし、美濃囲いではまだまだダメで銀冠になってようやくパラダイスを感じる人もいるだろう。

私は昔から石田流本組に組めた時が「パラダイス」と感じているので、なかなか強くなれないのかもしれない。