振り駒伝説

将棋世界1984年7月号、信濃桂さんの「東京だより」より。

 将棋の先後を決める振り駒は、なかなか風情があるものだ。やはりジャンケンでは物足りない。最近はアマチュア間にもすっかり定着し、昼休みの早指し戦でも駒を振る光景がよく見られる。プロの場合はもちろん、予め先後が決まっている試合以外、全て振り駒が行われる。記録係の奨励会員が上位者の歩を5枚取り、勢い良く畳の上にまけば、いよいよ試合開始と気も引き締まる。タイトル戦なら白布をひろげるが、これがまた何とも見映えがいい。歩が多く出れば上位者の先、と金が多く出れば下位者の先。これは誰もが知っているルールだ。ところが稀に駒が立つことがある。

 先日観戦した石田八段対中村六段(棋王戦)の振り駒は何とも珍妙。まず1枚が立ち、残りは歩とと金が2枚ずつ。振り直すと、また1枚立った。

「おいおい、また振り直しかね」

 と石田八段が苦笑したが、よく見ると、歩が3枚、と金が1枚で、問題なく石田八段の先手となった。2回続けて駒が立つ確率はどのくらいなのだろう。

 それはさておき、今度は仮りの話。2枚の駒が立ち、歩が2枚、と金が1枚だったらどうなるのだろう。

 丸田九段対宮坂八段戦(これも棋王戦)が行われている時、将棋連盟理事の西村七段が対局室に来て、「さて、どう思いますか」

「我々が若い頃は振り直しだった」と丸田九段。

「私もそう覚えています。2対1では振り直しでしょう。どちらか3枚出なければ、初めから5枚振る意味がありません」。これは宮坂八段の明快な意見。

 3枚出なければダメか。何枚でもいい、歩かと金か、どちらかが多ければ振り駒成立か。この選択は相当に難しい。

「理事同士で検討した時は、奇しくも3対3で意見が分かれましてね」

 と西村七段。ルールだから、どちらかに決めればすむことだが、どっちを選ぶかとなると、確かに迷ってしまう。

 1年ほど前、田丸七段対高橋王位(当時五段)戦(棋聖戦)で、駒が2枚立ち、歩とと金が2対1になったことがある。「これは振り直しだね」と田丸七段が即座にいい、実際にそうした。

 ともあれ、明確なルールが早くできることを望んでやまない。

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現在の日本将棋連盟対局規定では、

  1. 振った駒が重なったり、立った場合は、その駒を数えず残りの駒で決定する。
  2. 「歩」と「と金」が同数となった場合は、再度振り駒をする。

という簡潔なものとなっており、2枚立った場合でも残りの駒で決定すれば良いことになっている。

ところで、駒が重なった時に、重なった駒・重なられた駒を除外して残りの駒で先後を決定するのは、私も今まで知らなかった。

とはいえ、道場などでは対局相手との変なトラブルの元になるかもしれないので、重なった駒も重ならなかったことにして先後を決める方が良いのかもしれない。

アマチュアの場合、この辺はケースバイケースの運用となるのだろうと思う。