深浦康市六段(当時)「そばにいてくれるだけで安心なんです」

将棋世界1999年5月号、「棋士達の背景 深浦康市六段」より。

 今期順位戦でB級2組昇級を果たした深浦康市六段の登場だ。愛妻、義子さんを伴って訪れた深浦さんは、公私ともに充実しているなと感じた。

 深浦さんと義子さんが知り合ったのは3年前。風邪で入院した先の病院で看護婦をしていたのが義子さんだった。同じ長崎県生まれのためか話が合い急速に接近。交際2ヵ月で婚約、その半年後に結婚した。

 棋士という職業があることを知らない両親を説得するために、深浦さんがとった行動が実にかっこいい。

深浦「当時、王位戦の挑戦者になった折に彼女とご両親を佐賀の対局場へ呼んだんです。私はこういう仕事をしているんですよと(笑)」

 深浦さんの堂々とした対局姿と人柄を気に入ったご両親。最高のアピールの効果はてきめんだった。

義子「逆に『本当にうちの娘でいいんですか?』と電話してきて(笑)」

 さて、勝負師の夫を持つと、大きな対局の前は何かと大変だろうと、いらぬ想像してしまうのだが…。

深浦「(家の中で)あんまり気を遣われても…。そばにいてくれるだけで安心なんです」

 家庭は戦士の休息の場ということか。

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 デビュー以来、通算勝率7割をキープ。棋戦優勝、準優勝を繰り返し、タイトル挑戦も経験した深浦六段だが、派手な活躍の割にファンの評価が定着しきれなかったのは、長くC2クラスを抜け出せなかったせいであろう。9勝1敗でも上がれず頭ハネの不条理さに泣き、先崎六段(当時)と朝まで飲み歩いたこともある。

 しかし、結婚という人生の転機と同時に棋士生活もにわかに歯車が合い始めた。深い霧が晴れたように2年連続の昇級である。結婚が運を呼んだというのは大袈裟かもしれないが、かつて共に泣いた先崎七段も婚約発表と同時に2年連続の昇級。こじつけだといいきれるだろうか?

 2つの才能が動き出し、本当の春はこれからである。

 

深浦
将棋世界1999年5月号「棋士達の背景」掲載の写真の一部。撮影は中野英伴さん。

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深浦康市九段の結婚直線のエピソード、奥様のご両親を王位戦の対局場に呼んだ絶妙手。

王位戦の挑戦者になって、なおかつ九州で対局が行われ、なおかつ好きな女性が現れた、という3つの条件が重なったというタイミングの良さが、やはり勢いだと思う。

深浦康市五段(当時)の結婚式での森下卓八段(当時)のスピーチ

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深浦康市六段(当時)と先崎学七段(当時)の2年連続昇級。

結婚が運を呼んだと言うよりも、結婚相手となる女性と知り合う前後から運を呼んだと言った方が正しいだろう。

ここに書かれている通り、順位戦の対局で敗れた先崎学六段(当時)と深浦康市五段(当時)は、朝まで飲み明かしている。1995年1月17日、阪神淡路大震災があった日の対局。

そのような不思議な共通点もあるのだなと、あらためて思う。

順位戦が終わった夜と早朝のホストクラブ

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将棋マガジン1994年3月号、エトワール舟黎さんの「今月の将棋運 星座占い」より。

深浦康市四段

昭和47年2月14日生 血液型O型

 挫折運をもっています。が、幸運の方により恵まれているし、強い意志の持ち主なので例え挫折しても、それをバネにしてグンと伸びるでしょう。周囲の女性の応援にも恵まれています。頭がよく特にコンピュータ関係の仕事や学習ではその活用が大吉。過去3年間非常に苦しい運勢の中にいましたが、今年から運勢は上昇します。今後数年間は特に交際面が活発になり、良友ができたりロマンスの暗示があります。ただ熱烈な恋愛をするのは2年後あたりになりそうなので、それまではご自分の本分を第一に優先するほうがいいでしょう。将棋界では来年大いに活躍しそう。

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熱烈な恋愛をするのは2年後あたりと占われているが、深浦康市九段が奥様と知り合ったのは1995年の後半なので、見事に当たっている。

 

 

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