先崎学五段(当時)「というわけで、今回の旅先は香港。相棒は、我が友、郷田真隆」

将棋世界1992年3月号、先崎学五段(当時)の「先チャンにおまかせ VOL.3 走れ、自由萬歳」より。

 どういうわけか、いつの頃からか、いまだ御年21歳だというのに「疲れた」と言うのが口癖になってしまった。この若造が、と怒られる方もいると思うが、ナニ、本当に疲れているわけではない。まあそういうこともあるが、だいたいは、単に喋っているだけ、である。

 「ハアー疲れた」

 「そうか、先チャンも疲れるやろな、どう、来週あたり、温泉でも行って休まん」

 冗談じゃない、もし男5、6人で温泉など行こうものならば、往きの車中から乱痴気騒ぎになることうけあい、温泉に行ったって、ちょっと風呂に入って、あとは飲めや唄えや、ちょっと姐ちゃん、どこ行くの、カムカム、コンパニオンガール。―行く前の数倍疲れることは必至である。

 「ハアー疲れた」

 「ホナ、飲みに行って騒ごうか」

 これ最悪。酒を飲んでストレスが発散されるのは、日頃あまり嗜まない人だけで、酒飲みは、絶対に酒ではストレス解消はできないんです。

 その点、海外旅行はいい。見知らぬ街のストリートを歩くときの爽快感は、国内の旅では、決して得ることができない。

 僕は、私的旅行の時は将棋盤を頭の中から取り除くようにしている。その方が、人間が健全に保たれると信じている。しかし、国内だと、中々うまくいかない。朝、どうしても新聞を見てしまう。必ず将棋欄があり、動物が獲物を探すように目をやってしまう。もうイケナイ。▲△▲△▲△飛角金銀桂香歩、こういくこうやる・・・。

 というわけで、今回の旅先は香港。相棒は、我が友、郷田真隆。

 出発は12月1日。8時に成田集合なので、上野駅に6時に待ち合わせになる。スカイライナーのなか、郷チャン、泣きそうな顔をしている。訊くと、一睡もせず本を読んでいたようだ。こちらも朝の4時まで酒を飲んでの直行である。海外旅行はいいが、成田空港はあまりに遠い。それに僕、飛行機の中で寝られないという体質なのである。コリャ、今回の旅は大変だぞと思う。郷チャン、電車に乗るなり、スヤスヤと寝入る。イイナア、健康で。

 すでにそこらじゅうで書いているからご存知の方も多いと思うが、僕は飛行機が大嫌いだ。あれが空を飛ぶということを、理解はしているが、本気で信じていない。無事に目的地に着くことがあるとすれば、常に神が奇跡を起こしてくれているのだと思っている。

(中略)

 往路4時間半。長い。いやはや眠くて眠くて仕方がないのだが、体質上全く寝ることができない。

 隣でスヤスヤしている美剣士郷チャンを叩き起こしたくなる衝動にかられること十数回。飛行機は、何事もなく香港、啓徳機場(カイタックエアポート)に到着した。奇跡はおこったのだ。

 空港には、現地の香港支部長、西堀国雄さんが迎えに来てくれた。一路ラマダルネッサンスホテルへ向かう。1988年にオープンした奇麗なホテルで、漢字で書くと華美達麗新酒店。

(つづく)

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香港がまだイギリス統治下の時代、香港の空の玄関が啓徳空港だった時代、啓徳空港の隣に九龍城砦があった時代の話。

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香港支部長だった西堀国雄さんは、その後、上海将棋同好会支部長、台北支部長も務められている。

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私が生まれて初めて行った海外が香港だった。この旅行記の3年ほど前の1989年3月のこと。

4泊5日の仕事での出張だったので観光はしていないが、一人でいろいろな街を歩いたり、後半から合流した日本の顧客と夜の街へ行ったりなど、密度の濃い5日間だった。

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その時に起きた出来事を昔のブログ記事で書いている。

香港夜総会

ここに出てくるナイトクラブに、先崎学五段(当時)や郷田真隆四段(当時)は行くことになる。

その模様は明日の記事で。

 

 

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