「森内俊之八段-伊奈めぐみさん戦」のその後

将棋マガジン1996年2月号、青島たつひこさんの「なんでもアタック 感動の目かくし五面指し成功!」より。

森内俊之八段-伊奈めぐみさん戦が行われた直後の話。

 前回、三面指しの対局が終わったあと、両プロ(佐藤康光前竜王、森内俊之八段)と一緒に新宿に出た。食事、ビールに続いて宮田利男七段も加わって麻雀。チー、ポン、ジャラジャラとやりながら、森内八段がなにかつぶやいている。

「悔しい。アツいですよ。角を出ておけばよかったんだ。どうして香を打ったのかなあ」

 天下のA級八段が、アマ初段の女の子(現・渡辺明竜王夫人の伊奈めぐみさん)との対局を、あの反則負けを本気になって悔やんでいるのである。

「バカだなあ。金を5一に打ってもよかったんだ」

 対局が終わって四時間か五時間経っても、まだこうである。まことに恐るべき執念というべきだろう。勝負師の負けず嫌いは当たり前だが、ここまでこだわりを持つ人は他にいないと思う。

 編集部としては、三面指しに失敗した森内プロに、次回は五面指しで雪辱してもらう予定だった。だが、森内プロは「三面指しに失敗した人が、五面指しに挑戦する資格はありません」という。「佐藤さんが五面指しに挑戦している間、僕はかわりに指導対局でも解説でも、なんでもやります」という。

「これはトーナメント戦と一緒なんです」。そこまで言われてはさすがに編集部も引き下がるしかない。記者は森内八段の勝負根性、哲学を再確認した。森内プロは公式戦と同じ意気込みでこの目かくしに臨み、そして敗れたのである。

 というわけで、今回は前回の三面指しをクリアした佐藤康光前竜王が五面指しに挑戦。森内プロはその隣で観戦のファンを相手に指導対局をすることになった。

(以下略)

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反則勝ちとはいえ森内八段を破った中学3年の女の子が、21世紀に永世竜王夫人になるとは、当然のことながら誰も想像などしていなかっただろう。

しかし、大山康晴十五世名人なら、

「この子は将来、永世タイトル保持者と結婚する」

と予言していたかもしれない。

そんなことはありえないとは思いながらも、大山十五世名人がこの対局を見ていたならばそう言っていたのではないかと思わせてしまうのが、大山十五世名人の凄いところだ。