森内俊之八段(当時)がエッ!という顔をして佐藤康光九段がウムとうなった感想戦

将棋世界2000年12月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。

 余談はさておき、この日のメインはA級順位戦の、佐藤(康)九段対森内八段戦。挑戦者争い云々はまだ早いが、全勝は森内八段だけだ。

 大事な一戦だから、慎重に立ち上がると予想したらそうでもなかった。11図、いきなり戦いが始まった。

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 △2四歩は▲6八玉を見とがめてのもの。といっても先手もくると覚悟している。以下▲2四同歩△同角▲同飛△同飛▲1五角の王手飛車という派手な応酬になったが、これも定跡の類型で、結局、いい分かれになった。

 そうして話はいきなり夜戦に飛んで、12図。このときすでに夜11時を回り、残り時間も佐藤30分、森内50分になっていた。

(中略)

 さて、12図。ここがおもしろい。

 控え室にいて、中村八段と顔を見合わせた。ここで△4七角と打ったら、というわけだ。

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(▲4六同歩までの局面)

「どうですかね」と中村八段は首を傾げた。こういった類の、見えすいた手は、絶対に実戦では指されない。トップクラスの将棋ではなおさらだ。指されないだろうけど、一つの指し方だから、どうなるかは考えておかなければならない。石川六段その他の棋士にも考えてもらったが結論が出ない。△4七角▲2七銀△2二竜、となれば後手がよい。かといって、他の受け方が見つからなかった。

 実戦は12図で△3六竜と歩を取り、△4七角は指されなかった。感想戦で両者に訊いたら、△4七角に、佐藤九段は「▲3七銀!!△2九竜▲4七金で勝負してみるつもりでした」

 これを聞いて森内八段は、エッ!という顔をした。「私は△4七角を▲同金△2八竜▲8九飛!!でわるいと思いました」

 今度は佐藤九段が、ウムとうなった。▲8九飛は妙手だ。

 このやり取りを聞いて、取材に来て、深夜まで粘った甲斐があったと思った。将棋の才能、トップクラスの強さは、こういった所にある。▲3七銀とか▲8九飛を読める人は滅多にいない。

12図以下の指し手
△3六竜▲3七銀△2五竜▲2六歩△2四竜▲7四歩△同歩▲8五歩△同歩▲7六銀△3六歩▲同銀△5四角(13図)

 ▲7四歩と急所を攻めて、ようやく本格的な戦いとなった。▲7六銀と攻めに厚みを加えたとき、△3六歩はとりあえずの利かし。

 これを佐藤九段は▲同銀と、平然と取った。森内八段は、吸い込まれたように△5四角と打つ。これでよかったら話がうますぎるが……。

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13図以下の指し手
▲8三歩△同玉▲8四歩△8二玉▲5五角△6四歩▲同角△7三桂▲6五桂△6二金▲4五歩(14図)

 両銀取りである。これをどう防ぐかが見所だ。

 まず▲8三歩・▲8四歩の連打は、切り札の▲5五角と打つ前提手段。この攻めがきびしく、控え室では、後手受けきれないだろう、と言っていた。

 △6四歩から△7三桂はこれよりない。先手は▲6五桂を利かして、左銀の銀取りを防ぎ、△6二金と受けたとき、▲4五歩で右側の銀取りも防いだ。こうなると、両取りに打った5四の角もさっぱりで、14図は先手の優勢がはっきりした。

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(以下略)

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13図からの銀の両取りを不発にする手順は、人間国宝の匠の技を見せられているような気持ちになる。あまりにも見事。

それにしても、11図に始まる大乱戦から、よくぞ12図のような安定した局面になったものだと思う。

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12図で△4七角と指していたら…

この日の結論は△4七角は無理ということだったが、後日、別の棋士によって結論が覆される。

その経緯については明日の記事で。