昨日の話からの続き。
将棋世界2001年1月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。
羽生五冠の手が止まることが多くなった。継ぎ盤の駒も動かない。
渡辺四段が対局を終えて入ってきた。控え室は、田中、島、郷田、それに毎日の山村記者と私だけで、ちょっと淋しい。渡辺君は離れてモニターテレビの前に座った。
私はフト思い付いて、前号に出た、佐藤(康)対森内戦の途中の変化を考えてもらうことにした。すなわち、参考図で先手がどう指すか、である。
しばし考えた島八段は「どう受けるのかな。ここはまず渡辺君の意見を聞くべきでしょう」と話を振った。
私が渡辺君に「どう指す?」と聞くと、彼は首だけ回して継ぎ盤を見ていたが、何も言わない。
結局私が「佐藤九段の読みは、▲3七銀△2九竜▲4七金」とタネ明かしした。
郷田八段が「佐藤さんならそう指すかな、と思ってましたよ」
「ところが森内八段の読みは、▲4七同金△2八竜▲8九飛だった」
島八段が「さすがですね。▲8九飛はなるほど好きそうな手だな」と感心した。
一同しばらくいろいろ言っているうち、郷田八段が「▲8九飛の次、△3六歩と取り込んで後手が指せますよ」と潰しにかかった。やってみると、たしかに後手がよくなる。今や郷田八段は絶好調なのである。
今度は田中九段が負けじと「▲3七銀の方も、△2九竜▲4七金△1九竜で後手が良さそうだがな」と言った。これも調べるとお説の通り。
佐藤、森内もたいしたことはないな、と三人が思ったかどうかは別として、継ぎ盤が羽生対加藤戦に戻された。
(中略)
ここで私が不満なのは、離れたままモニターテレビを見ている渡辺君である。
継ぎ盤の島八段の前があいている。大先輩ばかりだから、近寄りにくいのはわかるが、折角島八段が声をかけてくれたのだから、前に座らなければならない。田中、島、郷田とじっくり勉強できるなんて、奇蹟的に恵まれた機会というものだ。それを逃す手はない。大先輩達にちょっと生意気な口を利き、才能あるところを見せ、あの少年なかなかやる、と認めてもらうのが、この世界で成功するコツなのだから。
(以下略)
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受けの決め手かに思われた森内俊之八段(当時)の示した▲8九飛。
そして、潰しにかかり、潰してしまう郷田真隆八段(当時)。
このような部分が、羽生世代同士の切磋琢磨の一シーンなのだろう。
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対局が終わった直後の感想戦では、両対局者が死地から戻ってきたばかりのような状態なので、変化によっては十分に練られていない場合もある。
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現在の渡辺明竜王からは想像のできない渡辺明四段(当時)のある日の夜の光景。
四段になって1年目、やはり大先輩ばかりだったので気後れしていたのかもしれない。