三浦弘行八段(当時)「恋愛もいけないと思ってきました。これ変ですか(笑)」

将棋世界2001年7月号、鈴木輝彦七段(当時)の「棋士それぞれの地平 もう一度鍛え直す 三浦弘行八段」より。

 新A級の三浦弘行八段は、謎の人である。いや、そう思われている節がありそうだ。丸山忠久名人の系譜である、将棋一筋、手の内を明かさない派と感じている棋士も少なくない。

 しかし、実体はやや違うと私自身は思っている。初めて見たのは彼が三段で記録を取ってくれた時だった。他の奨励会員とはどこか雰囲気が違っていて、記録用紙の名前を見た覚えがある。

 それから、しばらくして「変わった子が棋士になりました」と後輩棋士から聞いた名前が印象に残る彼だった。四段になっても群馬から通うせいか情報は少ない。「ネクタイがうまく結べない」は笑い話としても、周囲に気を遣わない昔気質の棋士なのか、とは思っていた。

 それが、1年くらい経って行方尚史新四段のお祝いの会で話をして見方は変わった。普通に話もするし、地方から通っている悩みを相談する後輩でもあった。相談を受けると嬉しいもので、一遍に情が移る気がした。その後、棋聖になり一緒に大盤解説をして深夜まで話をしたこともあった。話はかつての記録係の時に戻り、私が宇宙の”ビッグバン”は無理がある、と言ったのを「変わった棋士がいる」と思ったそうだ。これには笑ってしまった。だいたい、棋士が棋士を変わっていると言うのが可笑しいのだろう。

 話をして感じるのは求道心の力強さである。多弁であり、質問が好きだ。その全てが如何にして将棋が強くなれるか、そのことだけを考えている。純粋であり、純真そのもので、19歳の頃と今も全く変わらないでいる。

「インタビューは断るべきでしょうか」とインタビューの最中に訊いてくる。変わっている、と思われるが、彼のようなタイプは棋士の中に3分の1はいる。

 それを変だと思わない。むしろ、利害や損得でなく、より真理を追求するタイプとして好感を持てるのだ。

 彼のような人間に政治的な話は、してはいけないと思う。将棋を強くなることが最大の責務と考えているからだ。ただ、将棋以外のことに鈍感でいられない感性も持ち合わせているようで、今の悩みにもなっている。人は見かけだけでは分からないものである。

「普及とか何もしないと思われているのは心外です」と彼は言った。きっと、心ない言葉をどこかで聞いたのだろう。

 それは、世間の眼や棋士の眼等から無縁でいられない人間界への疑問である。

(中略)

―彼が2年前にNHKの講師をすることになって少し驚いてしまった。本人も不器用だから、と言っていたからだ。

 別件で電話をすると、彼は留守でお母さんと少し話をした。お母さんは彼のことが心配そうだったが、評判もいいようで安心されていた。それよりも、お母さんが将棋界のことに詳しいのでビックリした。それだけ、ご両親には話をしているに違いない。彼の人柄が感じられてほのぼのとした気分になったものだ。

(中略)

鈴木 今27歳だけど、将棋観というのはどうですか。

三浦 もう一度鍛え直したいです。技術と大山康晴先生のような人間的強さを求めています。

鈴木 電話でも言ってたけど、A級になって何を鍛え直すの(笑)。もう十分な気がするけど。

三浦 理由があって4月に車の免許を取ったんですけど、その間1勝5敗です。気持ちが離れると負けますね。

鈴木 そんなにストイックにならなくてもいいと思う。将棋に人生を捧げる人に申し訳ないけど、楽しむ部分があっていい気がする。恋愛とか、有名になってお金持ちになりたいとかは考えないの。

三浦 恋愛もいけないと思ってきました。これ変ですか(笑)。有名になるとか、お金持ちになりたいとかも思っちゃいけないと考えてます。13歳の時からずっとです。

鈴木 その質問には答えられない(笑)。将棋にはある種のハングリーさとか失う物の恐ろしさをバネにする部分があると思う。しかし、最近の若手は「お金の話はしないで下さい」と棋士会で言ったりする。中堅棋士は口を開けてます(笑)。

三浦 普及も父に言われて無料で行っている所もあります。その代わり将棋世界を買って下さいとお願いしてます。それでも買ってくれないですね(笑)。ネギを貰ったりしますけど。

鈴木 尊いけど、無料はどうかな。指導料を頂いて、そのお金で将棋世界を送ってあげる方が価値的です。プロが無料で教えるのは芸の世界としては良くないように思います。

三浦 父の考え方は、これまで強くなれた恩返しだと思います。地方に住んでますから出来るだけ行きたいと考えます。一方で、対局のことだけ考えるのがいいのかとも思って迷ってます。

鈴木 それはさまざまですね。30代以下の考え方に、それ以上の棋士達は戸惑っているというか、時代の変化に追いついていけない。三浦君の考え方はついていける(笑)。

三浦 対局以外は何もしない、と思っている若手もいますけど、何かをしたい気持ちはあります。誤解されてますか。

鈴木 それは深い質問ですね。人間心理の複雑さです。丸山名人にもあるけど、強さに対する裏返しの気持ちもないとはいえないでしょう。

(中略)

鈴木 優先順位は判りますけど(笑)。

三浦 1番が将棋です。これが全部ですけど、2番は家族です。趣味は読書で歴史書が好きです。後は散歩です。

鈴木 散歩はいい趣味です。カントは毎日同じ時間に散歩したそうです。純粋理性批判をカント先生が考えたように、将棋の純粋理性批判を考えて下さい(笑)。

三浦 将棋のことだけで精一杯です(笑)。

鈴木 今日はありがとう。一杯飲みながら話の続きをしましょう。

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三浦弘行九段らしさが、非常にうまく引き出されている。

インタビューの最中に「インタビューは断るべきでしょうか」と聞いたのは、心を許している表れでもあるだろう。

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「恋愛もいけないと思ってきました。これ変ですか(笑)。有名になるとか、お金持ちになりたいとかも思っちゃいけないと考えてます。13歳の時からずっとです」

思わず「変だ」と言いたくなりそうになるが、自分のことを振り返って考えてみると、中学生の頃、同級生なり下級生、誰かを好きになった時に成績が落ちた経験がある。

恋愛と勉強は両立しない、とその時に思ったものだ。

幸いなことに、高校は男子校だったので勉強に集中することができたが、そういうわけなので、三浦弘行八段(当時)の恋愛に対する気持ちは理解できる。

将棋を強くなることに人生を懸けてきた三浦弘行九段。

将棋に対する一途さが、清々しく感じられる。

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「普及も父に言われて無料で行っている所もあります。その代わり将棋世界を買って下さいとお願いしてます。それでも買ってくれないですね(笑)。ネギを貰ったりしますけど」の、最後に突然出てくる”ネギを貰ったりしますけど”が絶妙に可笑しい。

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実際のインタビューはこの数倍のボリューム。

「棋士それぞれの地平」は観る将棋ファンの方にとっては必携の読み物だと思う。

 

 


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