将棋世界2001年10月号、橋本真季さんの「近鉄将棋まつりという舞台 竜王が、名人が、四冠が!豪華メンバー集まる将棋サミット!?」より。
8月16日午後5時、近鉄将棋まつりのメインイベント、記念対局が始まった。
丸山忠久名人VS阿部隆七段
解説 内藤國雄九段
聞き手 石立鉄男(俳優)振り駒の結果、先手が丸山名人に決まり、名人は下手(しもて、舞台に向かって左方)、阿部七段は上手(かみて)へ。対局室の奥には、読み上げの福間2級と記録の水津三段。そして、その後ろには大きなスクリーン。対局者の盤を真上から撮った映像を映し出すためだ。
(中略)
下手の大盤の前、右側に内藤九段。
左側に石立氏と大盤操作の関口二段。
内藤「よくねえ”私らなんか、先生と指したら1、2分で吹っ飛ばされてしまいますでしょうなあ”と言う人がいるんですけど、これは将棋を知らない人の言うことです。そんなもん1局の将棋が1分やそこいらで終わるはずがない」
対局者、駒を並べ終わり、一礼。
ピチッという音と共に▲7六歩。
内藤「あと、大会社に行くと社長や会長が”うちの会社に四段がおるんです”と言うんです。”すごいですね”と言うと、”もちろんプロと違いますよ”と続く。プロで会社員なんて、おるかいな」
会場に笑いがおこる。
内藤「ところで、丸山名人をよく見かけたとか。なんか、自転車で?」
石立「そうそう、自転車姿をよく見かけました。自転車で闊歩してるんですよ」
内藤「闊歩ですか(笑)」
石立「闊歩です。それで近くの食堂でね、俺もよく行ったんだけど、1,300円のカレーを食うんです。ねぇ丸ちゃん」
名人微動だにしない。少し右斜めに上体を倒したまま、きちんと手を膝に乗せている。
石立「家が近所でしたからね。あちこちでよく会うんですよ。ねぇ丸ちゃん」
名人、微動だにしない。対照的に阿部七段、手に鼻に当てぐっと天を仰いだりと、動きが激しい。
横歩取り、1図の局面。阿部七段の△2六歩に名人▲2八歩。
石立「これは取っちゃいけない。取れば△4四角ですね。両取りだ」
内藤「そう、それで▲2八歩。後手は受けさせて満足ですねえ。これで2筋を歩で攻められる心配がないですからね。ただし、先手もこの歩を打つことで”いつかは2六の歩を取り払いますよ”と言っています。この歩を取れば、後手の2歩損ですから」
この後、数手進んだ2図。
内藤「ここはいろいろありますね。取り込まれると▲同銀に△4四角があるので▲同歩か▲6六銀か。それとも……」
石立「▲同歩にしましょ。▲7五同歩。ね、丸ちゃん。名人だったらこれぐらいサービスしなきゃあ。▲同歩に決定!」
名人3分考えた後▲同歩と取る。客席から拍手が沸き起こる。
内藤「ほほう、指しましたね」
石立「そりゃあ1,300円のカレー仲間ですから。考えてることは同じです」
場内爆笑。以下終盤まで華々しい攻防が繰り広げられ、87手で先手の丸山名人が勝利を収めた。後手の阿部七段は、終始舞台にふさわしい豪快な指しまわしで、見ている者をわくわくさせた。舞台を意識して”将棋で魅せる”姿は、棋士というより役者に近い。片や、丸山名人はマイペース。聞き手の人にカレー、カレーと連発されながらも、乱されることなく落ち着いて指す姿が印象的だった。微動だにしないが、頭の中はフル回転なのだろうな。と誰もが思ったに違いない。
大きな大きな鳴り止まない拍手。近鉄将棋まつりの長い一日が終わった。
(以下略)
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内藤國雄九段が「ところで、丸山名人をよく見かけたとか。なんか、自転車で?」と石立鉄男さんに聞いているのは、石立さんが近代将棋に書いたエッセイを内藤九段が見てのことだと思われる。
このエッセイは、後日紹介したいと思うが、石立さんが自宅そばの喫茶店にいた時に、自転車に乗った丸山忠久名人(当時)を見たというもの。
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石立さんからのツッコミがあっても微動だにしないのが、いかにも丸山流。
やはり、席上対局とはいえ盤面に100%集中している状態なのだと思う。
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昨日、渡瀬恒彦さんが亡くなったことが報じられたが、石立鉄男さんが亡くなったのが10年前の2007年6月1日。
その2日前の5月30日に日本女子プロ将棋協会(LPSA)が設立されている。
さらにその3日前の5月27日にはZARDの坂井泉水さんが亡くなっている。
10年前の出来事を思い出しつつ、今日は昼食にカレーでも食べてみようかと思う週末の気分。