立会人が判断に迷った将棋のルール

近代将棋1984年12月号、武者野勝巳五段(当時・総務担当理事)の「将棋ルール質問コーナー」より。

 先ごろ行われた王位戦は、挑戦者の加藤一二三九段が高橋道雄王位を破っての初の王位奪取を果たしたことはご承知の通りです。その王位戦の最終局でちょっとしたハプニングがありました。

 1図が”事件”の発端となった局面。

 以下次のように進行しました。

1図以下の指し手
▲3九角△5三角▲4八角△6四角▲5七角(2図)△4二角▲4八角△6四角▲5七角(3図)▲4二角△2七飛▲6四角△2九飛(4図)

 4図の局面を迎えたところで、記録係から「同一局面4回で千日手では」との発言がありました。1図、2図、3図、4図と確かに一見同一局面と見える局面が4度出現しています。が、1図と2・3・4図とでは手番が違っています。果たしてこれは千日手成立か否かの判定を下すに当たり、対局場から将棋会館へ電話が入れられました。その時、返答に出たのが、誰あろうこの私。対局中に突然呼び出されたので、何事ならんと思いましたが、事は先の通り。

「千日手は、同一局面4回で成立となっていますが、同一局面とは、盤上の駒の配置・持ち駒・手番の全てが同一であることですので、1図は2・3・4図とは違う局面であり、従ってその将棋はまだ千日手が成立してはいません」と答えました。

 将棋手帳の”将棋規約抜粋”の千日手の項には―同じ局面が4回現れると千日手で無勝負となる。ただし連続王手である場合は攻めている方が手を変えなければならない―とのみあり、”同一局面”についての詳しい記述がありませんが、これは抜粋ゆえのことで、日本将棋連盟の将棋規約には、千日手についての付帯事項として『同一局面とは盤上の駒の配置及び手駒、手番の全てが同じ局面のことをいう』というくだりがあります。

 1年程前に千日手の規約を改正したおりには、本誌にても全文を紹介しましたので、ご記憶の読者もいらっしゃると思います。

 なお、これは私見ですが”同一局面”という言葉には、盤上はもちろん、手駒、手番もすでに含まれていると思っています。

(中略)

 それをあえて付帯事項を設けたのは、誤解のないよう同一局面の定義を、それこそあえて文に表したものです。

 とはいえ、同一局面という字面から、ともすると注意が盤上に集中してしまい、手番のことはウッカリしやすいのかもしれません。私もプロ棋士になって6年目ですが、プロ棋士からルールのことで質問を受けたのは初めてです。

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たしかに、「同一局面4回で千日手」ということは分かっていても、実際にその場にいたら非常に悩みそうなケース。

「そういえば、言われてみるまで手番のことまでは考えていなかった」と、思わず口から出てしまいそうだ。

それにしても、1~4図のような流れを見ると、同一局面が4回になった、と気がつくには相当な棋力が必要とされると感じさせられる。