古来からの定説を覆した急戦早石田定跡

将棋世界1982年10月号、塚田泰明四段(当時)の「定跡研究室(塚田泰明四段-中村修五段)」より。

初手からの指し手
▲7六歩△3四歩▲2六歩△3五歩▲2五歩△3二飛▲4八銀△3六歩▲同歩△8八角成▲同銀△5五角▲3七銀△3六飛▲7七角(指定局面図)

 そもそもこの企画のねらいは定跡の定説が本当かどうかを実証するためのものだったはずである。しかしこの指定局面、本当に先手有利と言われているのだろうか。

 このことは後で詳しく述べたいと思う。

 対局前に中村五段より指定局面の▲7七角を▲4六角(参考1図)に変えてくれないか、という提案があった。

 ▲4六角に対する応手は3つある。

①△3七飛成▲5五角で、これは▲7七角と打った変化と同一になる。

②△4六同飛▲同銀△9五角▲8六飛(あるいは▲7七飛)△3三角で、これは一局。

③△4六同角▲同銀△1五角。この変化をやってみたかったと中村五段は言っていた。以下▲3七歩△2六飛▲同飛△同角▲2八飛△4四角▲6五角△3二銀▲8三角成の時に、何と△2七飛と捨て(参考2図)▲同飛△8八角成(参考2図)という順があるというのである。

 これは互角、あるいは後手有利かもしれない。先手は桂香を取られる前に動かなければならないが、後手の陣形が低いので手が作りにくい感じだからだ。これらの変化を消しているのが指定局面の▲7七角で、▲4六角よりも優れていると思う。

 さて▲7七角に対する後手の応手は2つ。△7七同角成と本譜の△3七飛成である。

 △7七同角成は、▲同銀△3七飛成▲同桂△3六歩▲3八歩△3七歩成▲同歩(参考3図)となるが、これは先手有利。飛と銀桂の2枚替えだが、後手は歩切れと居玉が痛い。

 例えば参考3図から、△3三桂▲6八玉△4五桂▲4六歩△3七桂成と攻めても、▲1五角で素抜かれてしまう。

 というわけで、指定局面では△3七飛成が最善なのである。

昭和57年8月5日 於将棋会館
(持ち時間各60分)
▲四段 塚田泰明
△五段 中村修

指定局面図以下の指し手
△3七飛成▲5五角△2八竜▲同角△2七飛▲3八金△2五飛成(1図)

 やはり中村五段は△3七飛成ときた。対して▲5五角以下は定跡化された手順。

 1図まで当然の進行のようだが、△2五飛成で△2六飛成(参考4図)という手も有力だった。

 次の△3七歩▲同桂△2七銀が厳しい。これに対し先手は▲1六歩と突き、△3七歩▲同桂△2七銀▲1七角△同竜▲同香△3八銀成▲4五桂と反撃するか、▲7七銀△3七歩▲同桂△2七銀▲同金△同竜▲2九銀と辛抱するか。

 いずれにしても簡単には優劣のつけられない将棋になる。

 このあたりからも、先手有利とは言いにくいことがお分かりいただけると思う。

 さて1図。ここでやってみたい一手があるのだが…。

1図以下の指し手
▲2七歩(2図)

 僕は▲2七歩と打った。別に深く研究したわけではないのだが、定跡の▲1六角よりはハッキリ優れていると思い指した。

 ▲1六角の変化だが、以下△3五竜▲4六角△4四竜▲7七銀(参考5図)となり先手有利というのが定跡の結論である。

 この手順は『新鬼殺し戦法、米長邦雄棋王著』より引用させていただいたが、この中で米長棋王は「私の考えでは、参考5図はまったく互角と思う。後手不利とは考えられない。先手やや良しとする根拠は、角銀交換の駒得を重く見てのことだろうが、角はすでに手放しており、この生角をこれからうまく働かせるのは難しい。反して後手は銀は手駒に持っている。この損得は一概に後手不利とばかりは言えないだろう」と述べている。

 そして一つの例として、参考5図以下△3二銀▲6八玉△6二玉▲7八玉△7二玉▲6八金△1四歩▲9六歩△1五歩▲2七角△2六銀▲1八角△1六歩▲同歩△1七歩▲同桂△1六香(参考6図)で後手良し。

 まあ、こうはならないと思うが、それにしても2枚の角は確かに働きが悪い。▲2七歩は収まれば角を手駒にしている分ハッキリ得というわけで、勝負手だった。

2図以下の指し手
△3六竜▲3七金△7六竜▲6八玉△3二金▲1六歩△4二銀▲9六歩(3図)

 ▲2七歩の弱点は歩切れになる所である。そこを中村さんは機敏に△3六竜と動いてきた。対して▲3七金は僕らしい手だが、どうだったか。

 しかし、▲3七角では将来△3三桂と跳ねられた時にどう受けるか難しい。本筋は▲4八玉△7六竜▲6八金という感じだが、対局中は自玉は左へ行くものと思い込んでいたので、▲4八玉はあまり考えなかった。

 △7六竜は当然のように見えたが、この手は疑問手だと思う。

 ここは△3二竜(参考7図)と引きたい。

 参考7図から、後手は7二まで玉を移動して、3一の銀を4四まで持っていくような構想で戦えばいいのである。

 それに反して、先手は常に△3八銀の筋を気にしなければならないし。2八の角の働きも悪い。飛角の持ち駒もさしあたって使う場所もないし、こう指されていたらハッキリ苦しかったのではないかと思う。本譜は一時的にせよ竜が3筋から離れ、▲6八玉の余裕を得て少々ホッとした。

(中略)

(中略)

 この一局から自分なりに結論を出したいと思う。指定局面は互角と見たい。従って従来の定跡の結論である「先手有利」は否定したい。

 本局は勝つには勝ったが、先手は模様のとり方が難しく、対して後手は楽に駒組みを進められるという印象が残った。

 最近の公式戦では早石田はたまに見かけるが、本局のような急戦早石田は見たことがない。それは指定局面までの手順に問題があるからなのである。

 9手目、先手の▲3六同歩では▲3八金の方が普通。以下△3七歩成▲同銀となり後手の指しすぎがハッキリする。

 それで後手は△3六歩と突かず△6二玉と上がり一局の将棋になる。

(以下略)

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急戦早石田という呼び方が少し不思議な感じがするが、厳密に考えると、早石田の超急戦の展開なので、とても正確な呼び方だということがわかる。

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指定局面図は有名な局面だが、昔の定跡書では参考5図で先手良しとして解説は打ち切られていた。

参考5図をあらためて互角と結論づけ、それ以外の変化、新手も網羅されているので、非常に貴重な講座と言えるだろう。

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個人的には参考7図の展開にできれば早石田側が大満足だと思う。

今度試してみようかな、と一瞬思ったが、最後に書かれている通り、9手目、▲3六同歩ではなく▲3八金と対応されると早石田側が良くないので、やはり、指すことは難しそうだ。

先手早石田なら(▲4八玉と一手かけている)、▲7四歩△7二金に、その後の早石田側の対策は『菅井ノート』に書かれているようだ。

今度読んでみよう。