50年以上も気の利いた名前を付けられていない戦法

将棋世界1990年1月号、「提言シリーズ 第1回 求む!名付け親」より。

テーマ図

 矢倉の数ある戦法のなかで、今や主流の指し方が図の先手の攻撃布陣。プロの対局のみならずアマ間にも広くゆきわたっている。ところが歴史が浅いのか(実際はちがうが)、よい命名者がいなかったのか、いまだに4六銀3七桂戦法などという、ヤボな名前しかない。いい名称がつけば、さらに人気戦法に育っていくはずである。本誌は過ぐる11月号に”求む名付け親”と、読者に名称を募ったところ、多くの方からお便りをいただいた。当初はそのなかで人気ベスト5ぐらいを選び、著名棋士やジャーナリスト、文化人らに決めてもらうつもりだった。だが読者から寄せられた名称は珍名奇名ぞろい。どれひとつおなじものがないほどで、その創造力とユニークな感性には、編集部一同大いに感服した。ちなみにその数は123通り。同一名は最高5通。今年の夏の参院比例区のミニ政党よろしく、多種多様な名称がそろったわけだ。そこで今月は、ひと通り紹介することにした。

灘流が本家本元

 4六銀3七桂戦法がよく指されるようになったのは10年前。だが実際は30年以上も前に故・灘蓮照九段が用いており、将棋連盟発行のニッショーブックス「灘流矢倉戦法」の著書さえある。したがって「灘九段の名を冠して”新灘流矢倉”に」(群馬県Sさん)や「灘流をもじった”鉈(なた)戦法”」(福島県Tさん)が正しい声かもしれない。

 棋士の名を冠した代表的なものでは、升田式三間飛車、角換わり腰掛銀の木村定跡、9八玉の米長玉などがある。灘九段はA級在位17年、昭和45年に名人戦挑戦者、NHK杯戦二度優勝の実績を持つ昭和の名棋士である。灘流を継承しても決しておかしくない。だが10年前に物故したため、若いファンには今ひとつなじみがない(亡くなってから流行したのは皮肉なめぐりあわせだ)。そんなわけで、灘九段の卓越した先見性には大いに敬意をはらいつつも、この戦法を広くファンに広める意味で、あらためて名称を考えることにする。灘先生は草葉の陰でしょうがないなと舌打ちされても、きっとわかってくれると思う。

 寄せられた名称のなかで一番多いのが”袖矢倉”または”矢倉袖飛車”。同種のものではほかに”右三間飛車”、”矢倉袖掛け銀”、”振り袖矢倉(女性)”などがある。このあたりは、まともな命名だ。次に紹介するのは、想像を絶する名称のオンパレードである。

民族・動物・物体……

 まず民族派から紹介しよう。

 「天狗が飛び跳ねて槍で獅子を殺す獅子舞が、富山にあります。それに似ているので”矢倉獅子殺し”」(富山県Aさん)

 「山中鹿之介という武将が中国地方にいました。彼は片鎖槍を使って、主家再興を図ったとか。2五桂跳ねがその槍を連想させますので”片鎖槍”」(山口県Sさん)

 「古代ギリシャのテーベの将エパミノンダスは、斜線陣を用いてスパルタを破った。これをもじって斜傾陣、さらに当て字で”斜桂陣”」(千葉県Sさん)

 「大阪の泉州地方や秋祭りの地車をだんじりという。笛、かね、太鼓で前進し、時には斜め、引き廻し……。目標はお宮矢倉。そこで”だんじり”」(大阪府Tさん)

 「大阪夏の陣で真田幸村が真田丸という出城を築き、強攻堅守の拠点としたので”真田矢倉”」(長野県Wさん)

 「3筋に桂と飛車がタテにならぶので”参詣飛車”。相手玉を神仏に見たて、石段を登って攻める感じもあります」(兵庫県Kさん)

 お祭り、歴史、神社。いろいろな視点があるものだ。そして大い勉強になった。次に紹介するのは動物がらみ。これが一番多かった。穴熊、雀刺し、鬼殺し、蟹囲い、蝮のと金……。すでに使われている名称だ。

 「”蝶蝶矢倉”。蝶のように桂が跳ね、蜂のように銀が刺す」(東京都Kさん)

 「”サソリ刺し”。毒牙にかかったら死をまぬがれない一撃必殺の戦法だから」(埼玉県Tさん)

(中略)

 「桂という勢子で相手の銀を誘い出し、角が鷹のごとくおそいかかる。そのありさまから”鷹狩り”」(北海道Hさん)

 動物で共通するのは、強い、こわい、勇ましいというイメージ。”ドラゴン”、”カマキリ”、”跳虎”などがその仲間である。だが、”ガマ銀”、”ヒヨコ刺し”、”スルメ刺し”、”カル鴨”、”ツバメ返し”、”ウサギ”となると、どういう関連なのかわからない。

 陣形を具象化したものもある。

 「1九桂、3八飛、3七桂、3六歩、4七歩、4六銀。この配置がひしゃく型の北斗七星を思わせるので”袖飛車北斗”。6八角は北極星。駒のぶつかりあいは、星のきらめきに似て美しい」(長野県Yさん)

 ウーン、なかなかロマンチックだ。

 「攻め駒が三角形なので”トライアングル”」(京都府Fさん)

(中略)

 攻撃をイメージ化したものでは、”稲妻攻め”、”ショットガン”、”桂ロケット袖飛車”、”矢倉ドリル”、”矢倉こめかみ崩し”がおもしろい。

 このほか、体操からとった”Y字バランス”、”蹴上がり”。映画と同名の”ランボー”。おそろしい”銀行破り”。ダジャレの”ひのえうま”(飛の上に桂)などがある。

三位一体で統一名称を

 読者投稿の名称のうち半数近くを紹介した。正統派、文化派、おもしろ派。いろいろなタイプと味があって楽しめただろう。

 ただ本誌は珍名奇名の展覧会ではない。4六銀3七桂戦法に統一名称をつけるのが本意。そのためには、もう少し時間をかける必要があるし、たたき台はいくらあってもよい。ホンネをいうと、今月号のものは今ひとつ決め手に欠けるような気がする。

 本誌の企画を将棋界全体の設問に発展させたいと考えている。プロ棋士、ジャーナリスト、文化人、アマ有力者、新聞雑誌の将棋メディア、これらの層に意見を伺うつもりだ。むろんかんたんにまとまるわけはないが、ある程度はしぼりこめるだろう。ちがったネーミングも当然でてくると思う。

 とりあえず3ヵ月ぐらいクッションをおき、関係機関の声を調整して、再び誌面でレポートしたい。棋士、ジャーナリズム、ファンの三位一体になったよい名称が決まれば、一番理想的である。では次回のパートⅡ、まで、しばし期間を。

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矢倉4六銀3七桂型は、昨日から行われている王位戦第4局でも現れている現代の主流戦法のひとつであるが、35年前から主流戦法であったことがわかる。

そういう意味では、非常に息が長く奥が深い戦法ということなのだろう。

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「超速」もあっという間に名前がついたし、「ダイレクト向かい飛車」も名前がすぐに定着した。

それに比べると、50年以上の歴史を持つ矢倉4六銀3七桂型に気の利いた戦法名がつけられていないのは、真面目に考えると、将棋界七不思議の一つに数えるべきことなのかもしれない。

しかし、上の記事を見てもわかるように、使われ始めてからしばらく経つ戦法の名前をつけるのは、非常に難しいことにも思えてくる。

続編であるパートⅡは、この後の将棋世界に掲載されることはなく、現在に至っている。

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2004年度将棋ペンクラブ大賞一般部門佳作の山岸浩史さんの「盤上のトリビア」(将棋世界連載)では、盤面を左右反転することによって、新しいことが見えてくると書かれている。

王位戦第4局の途中図を左右反転させてみよう。

これなら振り飛車党の私も、新鮮な視点で矢倉4六銀3七桂型を見ることができて、いい名前を思いつくのではないか。

テーマ2図

……変な三間飛車に見える。「変な三間飛車」という名前しか思いつかない。

なんと冴えない私の感性なのだろう。

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読者から寄せられた名称の”スルメ刺し”は、”スズメ刺し”に似た語感ということで考えられたものに違いない。

戦法名としては相応しくないが、なかなかの労作だと思う。