妥協なき感想戦

将棋世界2003年3月号、神崎健二七段(当時)の「本日も熱戦 関西将棋」より。

1月17日 感想戦特集

 阿部七段-久保七段、久保勝ち、井上八段-先崎八段、先崎勝ちの場合だけ久保のA級昇級が決まる。

 この日の検討の中心は、王位リーグ入りを決めている淡路九段と平藤六段。

(中略)

【23時6分 井上八段勝ち 芙蓉の間】

 井上、先崎ともに無言。先崎の前には、ミネラルウォーター、灰皿、タバコ、そしてメガネがポツンと置かれたまま。盤面は、穴熊に潜っていた先崎玉が8五で即詰みに討ち取られたまま。

「阿部先生残り40分です」聞こえるのは、隣の記録係の声だけ。隣の久保は上着を脱いで上体を前後に小さく揺らしている。阿部のほうはいつもの作務衣。

 下段の間からは「残り3分です40秒~」の記録係の秒読みの声。脇八段が元気な返事で「はい!!」。

 結局、駒はまるで動かされないまま。

「やめましょうか」。

 聞き取りにくい力ない声で、先崎がそれらしきことを囁き静かな感想戦は終了。

(中略)

【0時8分 久保七段勝ち 芙蓉の間】

「4図で▲1六角はなかったでしょうか?」と毎日中砂記者の質問。

阿部「それは△1四歩▲4八飛△1五歩▲4九角△3九金でだめでしょ」。

「そんな手はありえないでしょ」と続く。

 数時間前、控え室では、その質問にはバッサリとそういう返答があるということを皆で予想していたので、感想戦を聞きにいっていた一同少し顔を見合わせる。

(中略)

【0時51分 浦野七段勝ち 御下段】

脇「あーあ。逆王手をうっかりしてしもた」

(中略)

【1時19分 中村八段勝ち 御下段】

中村「一回わざと手損してから、仕掛けられてたら、こっちが浮き駒できるのでイヤでした。やりにくいとは思ったんだけど」。

南九段「……」

1時30分 御下段

 二転三転の泥仕合の感想戦。

浦野「最悪千日手だったのが、一転して、千日手にさえできない形勢になってしまった」

 全局終了したことがわかったせいか、芙蓉の間からも感想戦の声が聞こえてくる。

阿部「それはさすがに、マンガの見すぎやろ。そんな手はないでしょ。ワハハハハハハハ」。

【1時35分 久保七段勝ち 芙蓉の間】

(毎日中砂記者に向かって…)

阿部「結論が出ました。この順がもっとも明快でしたね」

久保「そういうことにしておきますか」

阿部「終わっている」

久保「終わりという局面ではないでしょ。やれば大変なんですよ」

 久保もそう素直には譲らない。

 阿部、少しムカッとして、さらに感想戦は果てしなく続く。それを眺めて、時々質問する淡路。

 久保がマジック1としたこの一局は近々毎日新聞に掲載される予定。

1時50分 御下段

脇「ああやっても勝ちこうやっても勝ち。何で負けんねん。こ、これを…!?」。

「こういうふうに次の一手喰らってしまったんや」と平藤に説明する脇。

 ▲7二竜に対しての△8五桂(7図)が浦野の次の一手。▲同歩に△8八歩成。これで、▲6三竜には△5三角が逆王手となる仕掛け。B級2組、19期目にして脇に初の降級点がついてしまった。

【2時過ぎ

脇-浦野 ぼやきの感想戦。

阿部-久保 意地の感想戦。

南-中村 静かな感想戦。

昇級や降級、降級点を巡る戦いも2月と3月の残り2局。

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将棋世界同じ号、田丸昇九段の「えぴろーぐ(編集後記)」より。

 第15期竜王戦七番勝負が決着しました。歴史に残る大激闘だったと思います。本誌は今月号で阿部七段が勝ち越した天童の第5局から、羽生竜王が逆転防衛した鳥羽の第7局まですべて取材。

(中略)

 羽生竜王の就位式が1月下旬に開かれました。こうした席には敗れた棋士は出席しないのが常です。だが阿部七段は大阪から駆けつけて、勝者に惜しみない拍手を送りました。将棋と同様に生き方にも、美学を感じさせる人です。

(以下略)

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午前2時過ぎまで続けられた感想戦、それぞれの棋士の個性が十二分に発揮されている。

7図の△8五桂も、詰将棋の名手・浦野真彦八段ならではの、逆王手がからんだ受けの妙手。

挑戦者となって羽生善治竜王(当時)にフルセットで敗れた阿部隆七段(当時)。

感想戦でも就位式でも、筋を通すことが貫かれている。