舞台を見ているような投了シーン

将棋世界1999年2月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

 午後11時を回ったころだったか。私がエレベータの近くの、通称老人シートで一休みしていると廊下の奥から島八段が空のペットボトルをさげてあらわれ、受付カウンター横のごみ箱に入れて戻った。そしてすぐ、左手の控え室から観戦記者が慌ただしく出てきて、特別対局室へ向かった。まるで客席から舞台を見ているようだった。

 島八段が投げたんだろうな、と思った。投げる前に、身の回りを片づけておいたわけだ。周囲に気を遣う人、まったく気を遣わない人、対局中の棋士もさまざまである。

(以下略)

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観客席は東京将棋会館4階エレベータ前の席。

舞台は、左手に受付カウンターのある廊下。

台詞や説明がなくとも、状況がわかる光景。

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竜王戦七番勝負第1局が「セルリアンタワー能楽堂」で行われている。

能舞台で行われている対局ということになる。

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能は幽玄と侘び寂びの世界。謡曲が登場人物の台詞となるが、かなりその方面の心得がないと、理解するのは難しい。

河口俊彦六段(当時)が書いた様子も、能に近い光景かもしれないが、これは河口六段の文章があるので、台詞がなくても理解ができる。

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私は能をライブで観たことはないが、まず理解できないだろう。

私は歌舞伎もブロードウェイ ミュージカルも理解できなかった前科を持っている。

「一門の中では、若い弟子たちがよく将棋を指しています。そのうちの一人は、兄が佐藤さんという棋士とか」

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私が大学2年の時に、別の大学の女性の友人に、夏休みの宿題(試験代わりのレポート)を頼まれた。

美学「能について」と心理学「動機付けについて」。

なぜ理科系の私が文科系の宿題をやらなければならないのか、という疑問はあったが、喜んで引き受けた。

能の本を買って読破して、親戚の知り合いの陶芸をやっている人に「侘び・寂び」の極意を聞いてから書いた。

自信作だったが、成績はAだったかBだったらしい。心理学のレポートは出来が悪く、彼女が書き直したとのこと。

それはともかく、その時は、能は伊勢物語を題材としたものが多いということが理解できた。

もっと後になって、女性は、本命の男性には宿題やレポートは頼まない、という普遍的事実も知った。