将棋世界2004年10月号、木村編集部員の「全国小学生 倉敷王将戦」より。
夏休み真っ最中の8月7日、岡山県にある倉敷市芸文館で、第3回全国小学生「倉敷王将戦」が開催された。倉敷市は大山十五世名人生誕の地、また倉敷市芸文館は女流棋戦である「倉敷藤花戦」が毎年行われている場所でもある。今年も全国から100名近くの小学生棋士が集まり、元気よい戦いが繰り広げられた。
(中略)
2図は高学年の部の3局目、前回優勝の岡山の菅井竜也君と本年度アマ竜王戦富山代表の鷲塚達也君の対局。優勝候補同士の対戦で、お互い負けられないといったところ。中盤までは鷲塚君が有利だったが、途中鷲塚君に疑問手が出て互角に。
2図からは菅井君が鮮やかに決める。
▲3一銀成△同金▲3二角△4二玉▲5四桂△3二玉▲3五香△3三桂▲同香成△同玉▲3一飛成以下、菅井君の勝ち。
この対局を見ていた普及指導員(倉敷棋友会支部長)の岡和俊さんは「彼とは3年前に二枚落ちで始めたのですが、この1年の進歩が凄い。今年のアマ名人戦岡山代表にもなりました」と目を細めて語ってくれた。自分の教え子がこうやって成長していくのを見るのは、さぞかし嬉しいことだろう。
(中略)
対局も4局目を迎え、全勝者同士による星のつぶしあいが、激しくなっている。
3図は高学年の部、小学生名人の埼玉の佐々木勇気君と菅井君の対局。実はこの二人、4ヵ月前に小学生名人を懸けて戦っている。佐々木君が小学生名人の貫禄を見せるか、それとも菅井君のリベンジなるか。将棋は菅井君のゴキゲン中飛車となった。
3図以下△9四歩▲6三歩成△5七歩成▲7二と△9二玉▲7五金△6七馬▲8八玉△7六桂▲同金△同馬以下、菅井君の勝ち。ここで△9四歩が落ち着いた好手。その後の△5七歩成も読みの入った一手。勝った菅井君は小学生名人戦の借りを返し、2連覇に向け大きな1勝を挙げた。
4局目を終えると昼食休憩。これを利用して子供達に話を聞いてみた。
- 将棋を覚えたのは1年生の時。お姉ちゃんが指していたのを見て始めました。今は詰将棋やネット将棋で勉強しています。中井さんのファンです。倉敷は大山さんがいた所と知ってビックリ。(大阪・西山朋佳さん、小3)
- 棋譜ならべを中心に勉強しています。ネット将棋では五段ぐらい。倉敷は都会ですね。将来は棋士になりたいです。(大阪・斎藤慎太郎君、小5)
- 幼稚園の終わり頃にお父さんとお兄ちゃん、お姉ちゃんに教わりました。今日は指導も受けられたし、目標の1勝が出来たのでホッとしています。(島根・里見咲紀さん、小2)
(中略)
話を聞くと多くの子供達がインターネットの将棋を指しているということが分かる。一昔前では考えられないが、子供達にもパソコンがどんどん普及しているということだろう。ネット将棋だと人の顔が見えないのでつまらない、という人もいるだろうが、地方に住む子供達にとっては良い勉強場所なのかもしれない。
(中略)
別室では指導対局が始まった。子供達はそれまでとは打って変わって一言も言葉を発さず真剣に指導を受けている。当然走り回る子もいない。有吉道夫九段と中井広恵倉敷藤花に威厳を感じ取ったのだろうか、小学生同士の対局に比べてじっくりと指す子が多かったようだ。
(中略)
5対局終了後、低学年の部、高学年の部ともに決勝はホール壇上での戦いとなる。スポットライトを浴び、多くの人が観戦する中、自分の持っている力をどれだけ出すことが出来るだろうか。
4図は低学年終章決定戦、長崎の佐々木大地君と神奈川の渡辺光君の対局。
後手の渡辺君が4四の銀を3五銀と繰り出した局面。ここから▲5四歩△6四歩▲同角△6三金▲5三角成と進む。佐々木君の▲5四歩が好手で▲5三角成までで勝負あり。
優勝した佐々木君「疲れました。今日は4局目の将棋が苦しかった。決勝は中盤で勝ちになったと思いました。将来は深浦八段のような棋士になりたいです」と満面の笑みを浮かべる。五島列島に住んでいるという佐々木君、倉敷の街を見て、きれいですね、と嬉しそうに語ってくれた。
残念ながら準優勝の渡辺君「舞台上では緊張しなかったのだけど、やられたことのない戦法をやられて力が出せませんでした。普段は勉強しないで大会前に実戦をちょっとやる程度。将来はまだ考えてないけど、棋士かなぁ」と語ってくれました。
(中略)
そして高学年の部優勝決定戦は青森の中川慧梧君と神奈川県の高見泰地君の対局。
5図は高見君が△7九飛成とした場面。
ここから▲6九銀△4五桂▲9六角△6二銀▲6五桂以下、中川君の勝ちとなった。▲6九銀が受けの好手で中川君が有利になり、この差をうまく保ちつつ、中川君が勝ち切った。
中川君は嬉しい初優勝。「今日は2局目あたりから調子がかなり良く、最後の出来も100点です。ネット将棋も指さないし、普段は頭の中で棋譜を並べる程度。将来は棋士になりたいです」とハキハキ答えてくれた。
準優勝の高見君は「どの将棋も危なくて、決勝はさえませんでした。今年奨励会を受験するので頑張ります」と語ってくれた。
こうして全対局が終了し閉会式へ。「皆さんはもっと強くなれる年齢です。強くなればなるほど将棋は楽しくなると思います」と有吉九段の言葉。その通りだと思う。選手達はこの大会で様々な経験をしたことであろう。そんな思いを胸に、来年も出場できるよう頑張って欲しい。
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高学年の部、菅井竜也少年は3位(5戦目で高見泰地少年に負け)、佐々木勇気少年は5位(4戦目負けの4勝1敗)、斎藤慎太郎少年は7位(3戦目負けの4勝1敗)。
この3人は、この翌月の2004年9月に奨励会に入会している。
高見泰地少年は2005年4月の入会。
「来年も出場できるよう頑張って欲しい」と書かれているが、奨励会を目指している高学年の子にとっては「来年は出場できないような状況になっていたい」というのが願いだろう。
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岡和俊さんは倉敷棋友会支部支部長で現在は棋道指導員。昨年の将棋の日に、日本将棋連盟から感謝状を贈呈されている。
中川慧梧さん、鷲塚達也さん、渡辺光さんは、アマ強豪として活躍をされている。
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「将来は深浦八段のような棋士になりたいです」と語った小学3年生の佐々木大地少年は、2008年9月に深浦康市九段門下の奨励会員となる。
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倉敷王将戦では、2006年高学年の部で阿部光瑠少年、2007年高学年の部で増田康宏少年、2011年低学年の部で藤井聡太少年が優勝している。
また、倉敷王将戦優勝者の多くが奨励会に入っている。低学年の部を設けているのも妙手。
小学生将棋名人戦とともに、10年先の若手棋士界を占うような大会だ。
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この頃の小学生は、物心つく頃にはインターネットで将棋を指すことができた最初の世代。
ネットと対面での対局はだいぶ違う面もあるが、地方にいても数多くの対局ができるわけで、この辺は棋力アップに寄与するところが大きかっただろう。