佐藤康光棋聖(当時)さえも思い浮かばなかった変わった手

将棋世界2004年9月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。

 さて、この日の対局室は年に一度か二度の、豪華な顔ぶれが並んだ。

 B級1組順位戦の他に、特別対局室では、羽生王座対山崎五段の王位戦挑戦者決定戦。大広間の奥では、森内竜王・名人対谷川王位・棋王戦。となりが、加藤(一)九段対木村七段戦。そして控え室には佐藤康光棋聖が観戦にあらわれた。すなわちタイトル保持者全員が一同に会したことになる。

 控え室も珍しく昼間から賑わっているが、例によって布製の盤をテーブルの上にひろげて研究している泉七段が「最近の将棋は常識が通用しなくなった。わけがわからないや」と首をヒネっている。

 言っているのは、森内対谷川戦で、将棋入門書の最初に出てくる、原始棒銀がそのまま指されている。そして棒銀がどんどん進み、2三に成り込んだ。

 それで形勢互角なのだから、定跡も書き換えなければならない。その後は高度な技の応酬があって1図。谷川二冠が△8四角と打った。

 この角打ちも浮かばない手である。△5七桂成の一点狙いで、単調に思えてしまう。一同、そういうものかね、と半信半疑ながら納得したが、それは指したのが谷川二冠だからで、並の棋士が指したなら、笑われるだけだ。ただ佐藤棋聖は「私も打つかな、と思っていましたよ」と言った。トップクラスの感性はやはり違うのである。

 しかし驚くのはこれだけでない。

 1図から▲5六金△9五角▲6九玉と進み、結局森内快勝で終わったのだが、その感想戦を見ていた泉君が呆れ顔で戻ってきて、「聞いて下さいよ。1図から▲5六金と受けた後、谷川さんが△9五角打はだめでしょうね、と言ったら、森内さんも読んでいて、▲4八玉でよいとか言ってましたけど、よく△9五角打なんて、読むものですね。しかも二人ともですよ。とてもついて行けないや。頭がクラクラしてしまう」

 聞いていた佐藤棋聖も「私もそこまでは浮かびません」と苦笑した。

(以下略)

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△9五角打。

▲7七銀と受けたりしたら△同角成から飛車打ちがあるが、そうでない場合はそのような狙いがあるのだろう。

そのそも△8四角も、5七の地点を受けられたあと、どのような展開があるのか、わからない。

理解を超越した手が出るのも、プロの将棋を観る楽しみの一つとも言えるが。

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佐藤康光棋聖(当時)でさえ思い浮かばないのだから、△9五角打は想像以上に変わった手なのだと思う。

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この日は、有名な長時間対局、中川大輔七段-行方尚史七段戦も行われていた。

同じ号の「新・対局日誌」より。

 午前2時である。帰り支度をして4階エレベータ前の老人席に座っていると行方七段が階段を上がって来た。私が「今夜はユーロ杯を見るので帰るよ」と言うと、「そうですか、僕も今夜は楽しみにしていたんですよ。まさか見れなくなるとは思わなかった」と言って対局室に戻って行った。

(中略)

 25日の中川対行方戦のその後は、26日の午前5時に千日手になり、また指し直して、ケリがついたのは午前9時15分。行方七段勝ちであった。

 写真を見ると、中川七段はワイシャツも脱いでいた。多分、持ち時間制になってからの最長時間記録であろう。ご苦労様というほかないが、大混戦の兆候は、こんなところにもあらわれている。

(以下略)

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この中川大輔七段-行方尚史七段戦の詳細→23時間15分の激闘