第67期王将戦第1局対局場「掛川城 二の丸茶室」

久保利明王将に豊島将之八段が挑戦する王将戦、第1局は静岡県掛川市の「掛川城 二の丸茶室」で行われる。

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二の丸茶室」は、掛川城天守閣の西側にある2002年3月に完成した木造平屋建、一文字葺の伝統的な数寄屋造りの建物。

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掛川城

掛川城は、室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのがはじまりで、戦国時代には、山内一豊が城主として在城し、城の改築を手掛けた。

しかし、1854年の地震により倒壊し、その後は天守の再建は行われず、天守台などが残るのみだった。

現在の掛川城は、市民からの寄付などにより1994年4月に木造天守閣として再建された。

昨年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の主人公である井伊直虎(柴咲コウ)の許嫁の井伊直親(三浦春馬)は、今川氏真(尾上松也)の命を受けた掛川城主・朝比奈泰朝に殺害されてしまうことになる。

大盤解説会会場は、城近くの「大日本報徳社大講堂」。二宮尊徳の教えを広める道場として1903年完成した和洋折衷の木造建築で、国の重要文化財に指定されている。

[掛川での王将戦]

2010年から掛川で王将戦が行われるようになった発端は、地元経済人らでつくる「ゼロの会」のメンバーと毎日新聞社の朝比奈豊社長(現・毎日新聞グループホールディングス代表取締役社長、毎日新聞社代表取締役会長)が高校時代(掛川西高)の同級生であったこと。

「掛川城で王将戦をしようじゃないか!」と朝比奈社長が言ったのが始まりで、地元や市の協力により、掛川城二の丸茶室での開催が決まった。

掛川でなぜ実現?![将棋王将戦レポート1] (e-じゃん掛川)

2011年「ゼロの会」は、2年連続の掛川開催を祝い、約500万円を投じて王将戦第2局の盤と駒を購入し、対局後は市に寄託した。

[二の丸茶室での昼食実績]

将棋棋士の食事とおやつによると、過去の王将戦の二の丸茶室での昼食は次の通り。

(一日目、二日目の順)

2010年
羽生善治王将:鶏照り焼き重、海鮮チャーハン ●
久保利明棋王:海鮮チャーハン、カツ重 ◯

2011年
久保利明王将:かにあんかけチャーハン、うな重 ●
豊島将之六段:うな重、かにあんかけチャーハン ◯

2012年
久保利明王将:かにあんかけチャーハン、松花堂弁当 ●
佐藤康光九段:ビーフカレー、うな重 ◯

2013年
佐藤康光王将:ビーフカレー、うな重 ●
渡辺明竜王:牛照り焼き重、かに肉あんかけチャーハン ◯

2014年
渡辺明王将:地養鶏照焼き重、うな重 ◯
羽生善治三冠:地養鶏照焼き重、松花堂弁当 ●

2015年
渡辺明王将:うな重、うどん(温) 天ぷら ◯
郷田真隆九段:ビーフカレー、シーフードチャーハン ●

2016年
郷田真隆王将:地養鶏照焼き重、ビーフカレー ◯
羽生善治名人:うな重、松花堂弁当 ●

2017年
郷田真隆王将:天ぷらうどん、特製和風焼きカレー  ●
久保利明九段:蟹肉あんかけ炒飯、浜名湖産うな重 ◯

写真から、昼食は「掛川グランドホテル」から運ばれてくるものと思われる。

[掛川グランドホテルの昼食メニュー]

掛川グランドホテルのレストランの、昼食向きかつ出前向きなメニューは次の通り。

◯アルカディアダイニングコート
坦々湯麺 1,000円
豚肉の細切り餡かけ焼きそば 1,000円
蟹肉炒飯 1,000円
叉焼炒飯 1,000円

◯日本料理「掛川」
松華堂弁当2,500円
掛川御膳2,500円
彩り御膳3,000円
西京焼き御膳1,800円
寿司御膳2,800円
茶そば1,500円
バラチラシ2,000円
稲庭うどん1,500円
天丼1,800円
特製和風焼きカレー1,700円
遠州御膳3,800円
鰻づくし4,500円
浜名湖産 鰻重4,700円
並 鰻重4,000円

◯マンダリンラウンジ
=週替わりランチメニュー=
鮪の山掛け丼 1,200円
鶏照り焼き重 1,000円
特撰ポーク生姜焼き重 1,000円
穴子天重 1,000円
シーフードカレー 1,000円
ラッフルズカレー 1,000円
タイ風グリーンカレー 1,000円
英国風カレー 1,000円
麻婆豆腐 1,000円
牛筋の辛子煮込み 1,000円
海老チリ 1,000円
かに玉 1,000円
ピザランチ 1,000円
パスタランチ 1,000円

[昼食予想]

久保利明王将の蟹肉あんかけ炒飯は当選確実と言えるだろう。

豊島将之八段は今回は好物のカレー系が加わる可能性が高いと読みたい。

予想は次の通り。

久保利明王将
一日目 蟹肉あんかけ炒飯
二日目 浜名湖産 鰻重

豊島将之八段
一日目 特製和風焼きカレー
二日目 浜名湖産 鰻重

 

羽生善治七冠(当時)「一局二局やるとこっちの調子の悪いのが相手にうつるんじゃないかという気がしているんです」

将棋世界1996年4月号、「七冠達成直撃独占インタビュー 羽生七冠王の将棋宇宙」より。聞き手は大崎善生編集長(当時)。

―もう何回も聞かれていると思うんですが、七冠になられた率直な印象はいかがでしょう。

羽生 やっぱり嬉しい気持ちもあるし、ずっとここ3年位目標にしてきたものが達成されてしまったので、ちょっと気が抜けたという気持ちもあるし、その両方ですね。

―七冠達成の当日、私は将棋連盟にいまして、その夜、二上先生と午前3時頃まで読み歩いてしまいました。控え目な先生にしては珍しくハシャいでまして、喜んでいらっしゃいました。

羽生 そうですか、そうですか(笑)。それは私も嬉しいです。

―子供の頃は、色々な夢を描くと思うのですがその中に七冠王というのは入っていましたか。

羽生 いや全然ないです。全くないですね。そういうことを考えたのは五冠王になってからです。棋士になってからも、七冠王なんて一度も考えたことはないですから。

―ということは羽生さんにしても、やっぱり凄いことなんですね。

羽生 凄いことというか、あり得ないことと思ってましたから。

―対局後のインタビューや記者会見の時など、大変感激というか興奮されているように見えましたが、やっぱり相当にグッとくるものが?

羽生 対局が終わってとりあえず、気持ち的には大分開放的な感じはあったんですけど、ただちょっと肉体的にはつらいので、変な状態でしたね。

―風邪は治りましたか?

羽生 今は大分良くなりました。熱は下がったので、後はセキだけです。 

―羽生さんはこの一年、ずっと勝ち続けてきたという印象ですが、それでも振り返ると苦しい場面も多々あったと思います。どういう所が印象に残ってますか。

羽生 やっぱり昨年の4月からずっと10、11月まで、あまり自分が納得できるような将棋を指せていなかったので、そういう意味ではなんかずっと苦しいなと思っていました。

―森九段に王座戦で詰まされていたら、もしかしたらガラリと展開が変わっていたかもしれない。

羽生 そうですね。それは王位戦にしろ、竜王戦にしろ、一局の違いですよね。一局の違いというよりも、一手の違いでもう多分、それでシリーズの流れが変わっていたと思います。後から考えれば、よくこんなに危ない橋をいくつもいくつも渡って来られたなあと思いますね。

(中略)

―現在、殆どタイトル戦という状態で8割5分という驚異的な勝率を上げていらっしゃる。タイトルホルダーというのは常に、その時の一番調子のいい相手と戦っているわけですよね。

羽生 今年度に関する話でいえば、そうですね。常に調子のいい人が挑戦者になりますよね。で、私は調子が悪いんですよ。で、一局二局やるとこっちの調子の悪いのが相手にうつるんじゃないかという気がしているんです。だから、後半戦になると調子がおかしくなってきた人が多かったですね(笑)。

(後日につづく)

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昨日、羽生善治永世七冠と囲碁の井山裕太七冠への国民栄誉賞の授与が正式決定された。

羽生氏と井山氏に国民栄誉賞の授与決定(NHK)

昨年末に予定されていた正式発表が事務的手続き等の理由で年明けになった形だが、昨日は大安で指し初め式。

こうなってみると新年の非常に明るい話題だし。発表が当初予定よりも遅れたのがむしろ良かったようにも思える。

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ということで、今日は羽生善治七冠誕生の直後のインタビューから。

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「後から考えれば、よくこんなに危ない橋をいくつもいくつも渡って来られたなあと思いますね」

いつも思うことだが、七冠を獲得するのももちろん凄いことだが、その前の1年以上、六冠を保持し続けてなおかつ王将戦の挑戦者になることも考えられないほど大変なことだ。

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自分の調子の悪さが相手に伝染する。

厳密には調子の悪さが自分から相手に移動するので、伝染ではなく、調子の悪さが相手に憑依する、と言った方が正しいのだろう。

これも、広い意味での羽生マジックであることは間違いない。

 

 

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