中原誠十段「桐山さんはどこのファンなの?」

将棋マガジン1984年1月号、読売新聞の山田史生さんの第22期十段戦七番勝負第2局〔中原誠十段-桐山清澄八段〕観戦記「中原十段、競り勝って1-1」より。

 夕方6時半ごろから会食。終了後、中原は半荘1回だけ麻雀をつきあった。好位置を占めていたようだったが、最後で振り込み、小差の3位に終わった。桐山は中原のうしろからにこにこしながらそれを観戦。

 7日は巨人-西武の日本シリーズ第7戦があった日。大の巨人ファンの中原、巨人が惜敗したとあって、われわれ読売勢ともども気勢上がらず、テレビのニュースもほとんど見る気がしない、といった風情。

 中原が「桐山さんはどこのファンなの」と聞くと、桐山は「あまり熱心ではないですが、実は巨人なんですよ。関西なのにおかしいでしょ」といって笑った。これは初耳だった。

(以下略)

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中原誠十六世名人と桐山清澄九段は年齢が同じで四段になったのも同時期。東西に分かれてはいたものの、通じ合うものがあったのだと思う。

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私は仙台市で生まれ育ったが、私の子供の頃の宮城県は、巨人ファンで当然、巨人ファンがデフォルトという雰囲気だった。宮城県の人の95%以上が巨人ファンなのではないかと言っても過言ではなかったと思う。

私の頃でさえそうなのだから、宮城県塩釜市で育った私よりもずっと年上の中原誠十六世名人が巨人ファンなのは、当然かつ必然と言っても良いだろう。

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大学生になって東京へ出てきてからは徐々に野球に興味がなくなったが、高校生時代までは私も大の巨人ファンだった。

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1月29日に、長年住んだ東京から仙台に引っ越しをした。長男なのでいずれは仙台の家に戻らなければならない運命だったのだが、将棋に関してはこれまでと何も変わらず。東京へは平均して月に一度以上は出て行くことになると思う。

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仙台在住になったからといって、野球やサッカーには興味のない私が、東北楽天ゴールデンイーグルス やベガルタ仙台のファンになるとも思えない。

東京にいた時代と私が変わる部分があるとすれば、、、今のところ思い当たらない。

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引っ越しの荷物が届いたのが1月30日、ネットが開通したのが1月31日、それ以前よりPCに異音(HDDだと思う)が出ていたため新しいPCを注文しており、届いたのが2月1日、今週のはじめが締め切りの仕事もあり、区役所で転入手続きをしたのが昨日。

今日からようやく普通の生活になると思う。

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仙台でも将棋を通していろいろな方にお会いすることになるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

東京でも、今まで通りよろしくお願いいたします。

 

 

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