升田幸三九段「なんだ、八段になっただけか」

将棋マガジン1984年7月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。

  天皇誕生日は田中(寅)の誕生日でもあるらしく、その日に「八段昇段パーティ」が開かれた。その定刻はるか前に現れたのはヒゲの九段である。

 思わぬ人に来ていただいた、と田中はもちろん、受付にいた大島や宇治さんは大感激だった(と思う)が、入り口の立て札を見た大先生は「なんだ、八段になっただけか」そういって帰ってしまった。いかにも升田九段らしいと書いている今もおかしくなる。お祝いの会に来て、たとえば、「おめでとう、これからは名人めざして頑張りなさいよ」などと、自然に云える人と、そう思っていても、照れくさくて口に出せない人がいる。前者の代表が原田九段であり、升田九段は後者のタイプなのである。

(以下略)

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田中寅彦八段(当時)の「八段昇段パーティ」(順位戦A級に昇級しての八段)が開かれたのが新宿の京王プラザホテル。

升田幸三実力制第四代名人の自宅は西武新宿線の鷺ノ宮なので、電車で一本、各駅停車でも15分で新宿に着く距離。

すぐに出てくることができるとはいえ、わざわざ「なんだ、八段になっただけか」とお祝いを言いに来たのだからすごい。

「なんだ、八段になっただけか」は、「八段になったくらいで喜んでちゃいけない、もっと上を目指せ」という激励と同義だ。

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ところで、升田幸三実力制第四代名人はいつも和服であり、あの迫力のある風貌で西武新宿線に乗っていたら、目立って目立って仕方がなかったと思うのだが、タクシーでの移動だったのだろうか。

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私は中学生の頃、棋士はタレントと同じで、絶対に電車などに乗らずに、対局の時などもタクシーかハイヤーで移動しているものとばかり思っていた。

しかし、大人になるにつれ、中原誠十六世名人も大山康晴十五世名人も、対局の日の朝には電車に乗っていることを知るようになってくる。

たしかに、常にタクシーでの移動だったら、お金がいくらあっても足りないし、道路の混み具合によっては遅刻してしまうリスクもある。

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対局の日の朝、いつもタクシーに乗っていたのは花村元司九段。

花村九段の自宅は日暮里なので、千駄ヶ谷の将棋会館まで、現在のタクシー料金だと3,370円。

花村九段はヘビースモーカーで、電車に乗ってしまうとタバコが吸えなくなる。それは辛いので、タバコを吸うことができるタクシー(当時は吸えた)に乗って千駄ヶ谷へ向かったというわけだ。

二上達也九段、真部一男九段のように、千駄ヶ谷まで歩くと30分、タクシーなら5分か10分の所に住んでいた棋士も、タクシーで連盟だろう。

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そう考えると、升田幸三実力制第四代名人もヘビースモーカーだったので、対局の日の朝はタクシーだったとも思えてくる。

鷺ノ宮から千駄ヶ谷まで、現在のタクシー料金で4,090円。

たしかに、升田幸三実力制第四代名人が電車に乗っている姿は、どのようにしても想像がつかない。