「この日の光景などを目のあたりにすると、そんな薄っぺらな常識論を口にするのがはずかしくなってくる」

将棋マガジン1985年1月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。

 小堀は73歳。さすがに将棋はだいぶ弱くなったが、それでも全局、時間いっぱいまで頑張る。この人にとって、将棋を指すこと、それだけが生きがいなのだ。

 この日も勝ったことよりも一局を指し終えた喜びに表情が輝いていた。歯がなくなったせいか、言葉つき、仕種は童子のようである。

 数年前、制度委員会で、定年制度を論議したことがあった。その時、小堀は「お金なんかどうでもいいから、将棋だけは指さして下さい」と涙ながらに訴えた。

 私は委員の一人として、師匠のお言葉ですが、世間にはどこも定年というものがあり、みんな仕事を続けたいと思いながらやむをえず辞めるのです。先生の要求はエゴというものではないでしょうか、と思った。

 しかし、この日の光景などを目のあたりにすると、そんな薄っぺらな常識論を口にするのがはずかしくなってくる。社会的地位や収入、そんなものは眼中になく、ただ将棋だけを一生懸命に指す、それは棋士の一つの生き方の見本とも思えるのである。

* * * * *

昨日、アマ竜王戦宮城県大会があった。

私は見に行くだけで、午後から始まる一般大会に出ようと思っていた。

しかし、アマ竜王戦の開始直前の参加者が奇数人数ということで、急遽、人数合わせで私も出ることになってしまった。

参加者数は50名を超え、県予選としては久しぶりの50人超えであるという。

予選は2勝本戦出場、2敗失格。

私は運が良かったのか、予選を2勝1敗で本戦トーナメント(32名)へ出場することができた。

本戦トーナメントは2回戦で敗れたが、私にしては上出来の戦績。

ところで、今日の話題は、その時の1回戦の隣で行われていた対局のこと。

* * * * *

隣の対局は、森田甫さん(今年86歳)と県内の中学生トップクラスの実力を持つ一人の蜂谷尚輝君(中学3年生)。

森田さんは、アマ名人戦で8回、アマ竜王戦で1回、宮城県代表の実績を持ち、蜂谷君は県内の大会の有段者の部で上位入賞を何度も果たしたり昨年の全国中学校選抜将棋選手権大会の県代表にもなっている。

この一戦を、森田さんが勝った。

そもそも86歳で予選を2連勝=本戦出場だけでも凄いのに、中学生強豪に勝つのだから、とにかく凄い。

森田さんはもともと楽しそうな雰囲気で将棋を指しているのだが、最終盤の勝ちを決める手(相手玉を必至にする手)を指す時の控えめな嬉しそうな顔は、ほのぼのとさせられて見ていて嬉しくなるほど。

将棋は年令に関係なく誰でも指すことができるのが素晴らしいところ、とあらためて気付かされた。

* * * * *

森田甫さん→試練の感想戦

 

 

棋士たちの酒ぐせ

将棋マガジン1987年4月号、コラム「棋士達の話」より。

  • 故・花村元司九段はあの風貌からは想像しにくいが、酒は全くダメ。それでも最初の乾杯は付き合うが、その一口で席上の酒を全部飲んだほどに真っ赤になる。そして頭が熱くなるのかよくおしぼりを頭に乗せた。そんな事もファンの人望を集めていた。

  • 森安八段がある時泥酔して、東京の将棋会館の階段をころげ落ちて動けなくなった。何人かで助けおこして自室に運んだが、その時の記憶だけうっすらと残っていたらしく、次の日「君が僕を突き落としたんだろう」と怒った。助っ人氏後でぼやくぼやく。

  • 佐瀬八段は酒があまり好きではない。このためビールにサイダーを割って飲むのが好きだった。ある呑兵衛氏も付き合ったが、意外と口当たりが良いので感心、しかし当然いつまでたっても酔わない。そこである事に気付いた。これは酒じゃない。

  • 豪快な酒で知られたのが故・松浦卓造八段。雄偉な体格だけ会って一升瓶2~3本は飲んだ。朝から飲んで、よく昼寝する姿が見られた。でも気弱い面もあり、御本人は「ワシャ不眠症じゃ」と嘆いていたが周囲の声「あれだけ昼寝すれば」

  • 酒癖の悪い棋士もいる。故・本間爽悦八段も有名でトラ箱のご厄介になった事もあるそうだ。当然そこに入るのが不愉快で「ここにワシの両桂を勝てる者がおるか」と怒鳴った。普段は優しい先生ほど癖は悪いものか、と周囲は話していた。

  • 修行中は暗い気分になる事も多い。某奨励会員は酒に酔って道の真中を歩き「ひけるものならひいてみろ」と叫んだ。ところが本当にひかれ、足を骨折。相手がびっくりして慰謝料を払ったが当の奨励会員「もうかった」と一言。どちらが被害者。

  • 大山十五世名人は健啖家で知られた。某雑誌の取材に答え「私は食事です」それではと撮影に入ったが、形作りでご飯が超大盛り。終了後係が片付けようとしたところ「もったいないから」といって全部平らげた。ウン将棋界にヤラセはない。

  • 棋界一の大食漢は何といっても関西の神吉四段だろう。その体重110kgが示すように、いくら食べてもまだ満腹を経験した事がない、というからすごい。その神吉四段の大敵は減量。つまりせっかく特注した洋服が着られなくなる、というわけ。

* * * * *

9年ほど前にも書いているが、いかにも酒豪に見えるのに全く酒を飲めないのが、

東映任侠路線では、故・高倉健さん、故・若山富三郎さん。

強面政治家では故・浜田幸一さん(ハマコー)。

ハードボイルド系では舘ひろしさん、宇崎竜童さん。

演歌系では北島三郎さん。

女優では梶芽衣子さん、瀬戸朝香さん。

野球系では故・星野仙一監督、江夏豊さん

歴史系では西郷隆盛、山本五十六。

そして将棋界では

故・花村元司九段と山田久美女流四段。

* * * * *

故・松浦卓造八段は天守閣美濃の考案者で、力士のような体格だった。

当然のことながら、きちんとした武勇伝が残っている。

豪傑列伝(1)

* * * * *

「ウン将棋界にヤラセはない」

これは、この記事が書かれた数ヶ月前に、ある民放のワイドショーでヤラセが発覚したことから、このようなオチとなっている。

 

 

2018年4月将棋関連新刊書籍

2018年4月の将棋関連新刊書籍。

〔5月以降の新刊〕

 

 

「君代わりに投了しておいてくれ」

将棋マガジン1987年5月号、コラム「棋士達の話」より。

  • 対局は深夜に及ぶことが多いが早指しの対局もある。見習いの記録係がその速度についていけずしばしボー然。気付いた故・高田丈資七段、親切に最初から教えた。書いていた記録係が「それから」と聞くと高田七段「バカッ、後は今から指すんだ」

  • 悪い将棋を粘っていた故・清野八段。休憩時間となって食事に。ところが盤前から離れて冷静になってみるとその形勢の悪さに気付き、すっかり戦意を失った。そこで連盟に電話をかけて記録係を呼び出し「君代わりに投了しておいてくれ」

* * * * *

真横で見ていると、アマチュアの有段者でも正確に棋譜をとるのは難しいと思う。

ましてや早指しだったなら、その難度はさらに上がる。

慌てていると、6四と4六が特に間違いやすいような感じがする。

* * * * *

将棋会館の外から電話で投了した事例があったという話は聞いたことがあったが、ここに載っているのが詳報。

清野静男八段(1922年-1977年)は、飲むなどの遊びも大好きだったので、一人で夕食を食べているうちに、将棋会館に戻りたくなくなったのだろう。遊び好きでなくても、投了だけのために対局室へ戻るのは気が重い。

また、この頃は奨励会員の人数も少なく、棋士は奨励会員全員の顔と名前が一致していた時代。

顔見知りの奨励会員で頼みやすかったという事情もあったのかもしれない。

* * * * *

清野静男八段→稀代のプレイボーイ棋士

 

 

将棋関連書籍amazonベストセラーTOP30(2018年4月28日)

amazonでの将棋関連書籍ベストセラーTOP30。