真部一男七段(当時)「どこから通っているの?」

将棋マガジン1984年9月号、吐苦迷棋坊さんの「第43期名人戦挑戦者決定リーグ戦」より。

 7五銀と出た手を石田は悔んだ。終局後「相手が時間に追われていたのであせらしてやろうと早く着手したのがひどい悪手だった」となげいていた。これを聞いた時、すなおな感想だと思った。石田と言えば、対局中、ボヤキながらセンスで頭をバンバンたたき一日でそれをボロボロにしてしまうことで有名であった。はっきり言ってプロの間でこのような動作は損である。しかし、純粋で熱中しやすい性格がそれをさせる。正直な人である。

(中略)

 ▲6五歩と着手後、真部は、記録係にどこから通っているのと聞く。そして答えに対し、「うん、あそこか」といかにも知っているようにうなずく。ですがねえ、真部の地理音痴は有名で、駅をまちがえておりた時、この町もしばらく来ないうちに変ったもんだなぁと感心していたという。聞いたってわかるわけないのにねー。

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「相手が時間に追われていたのであせらしてやろうと早く着手したのがひどい悪手だった」

相手が秒読みでこちらには時間がたっぷり残っていて、形勢は互角あるいはこちらが少し不利の時に、私も大会などで時間攻めをしてしまう。

このような場合、ほとんど私が負けている。今週の日曜日も負けている。

次からは時間攻めは止めなければ、と思っても、ついついやってしまう時間攻め。

ここに書いたから、今度こそは止められると思う。思う。

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対局中に対局者が記録係の奨励会員に「どこから通っているの?」と聞くのも、昭和の対局室の雰囲気だ。

「うん、あそこか」は、銀座や新宿や渋谷のような誰でも行ったことのあるような場所には使わない言葉。

都内でも、京浜急行の沿線であれば梅屋敷や雑色、東急大井町線であれば下神明、井の頭線であれば池ノ上、西武池袋線であれば練馬高野台、京成線なら関屋、東武伊勢崎線なら牛田、のような駅名なら「うん、あそこか」という言葉の使い甲斐があるというもの。

そういうことなので、真部一男七段(当時)の「うん、あそこか」は、やはり間違って解釈している可能性が高いと思った方が良いのだろう。