桐山清澄九段の燻し銀の芸

将棋マガジン1985年6月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。

 棋王戦の記事でありながら、桐山のことにふれなかったのは、どう考えても片手落ちだった。で、桐山のことを書こう。

 と。言ったものの、桐山を語るのはなかなか難しい。そうでなかったらとっくに書いていた。

 それはともかく、桐山ほどエピソードの少ない男も珍しい。私とは三段の予備クラスで戦った仲で、知り合ってからずい分長いが、その間おもしろい話を聞いたことがない。

 対局中は無口でポーカーフェイスを押し通すし、酒を飲んだり、遊びに行ったり(ごく稀にだが)しても、隅でニコニコと笑っているだけである。書くことがないのが特徴、というくらいのものだ。

 そんなわけで、残る手は桐山将棋を語るしかないのだが、これがまたやっかいである。とりあえず8図を見ていただこう。

 8図で先手の桐山はどう指したか?考えていただいても当たりっこないから答を言うと、▲9八香と上がったのである。

 卓越した序盤の構想、華麗なさばき、魔術師的なテクニック、そんなものは桐山の特質でなく、本領は、この▲9八香といった類の手にある。

 これなどは桐山でなければ絶対に指せない手である。妙手でもなければ悪手でもない、さりとて緩手でもない。善悪を超えた意味不明の手である。しかしプロはこれを見て、ただただ感心するのである。

 もう一つ例をあげよう。

 9図は、記憶に新しい棋王戦第2局の中盤。

 △5七歩成と成られたこの局面で、みなさんが先手側を持てば、ノータイムで▲5二歩△同飛▲5三歩、と連打の歩で飛車先を止めるだろう。後どうなるかはその時のこととして、とにかく▲5二歩と打つはずだ。

 それを桐山は▲5三歩と控えて打つのである。

 繰り返すが、▲5二歩△同飛▲5三歩△5八と▲同金△6二飛まで一段落して先手の手番。ところが単に▲5三歩は後手の手番である。つまり一手ちがう。歩の数、飛車の位置などのちがいはあっても、一手の差は大きいはずだ。桐山はそんなものを無視するのである。おそらく「終盤は駒の損得より速度」なんていうのは、単なる景気づけぐらいに思っているのだろう。

 同じ例はまだまだたくさんある。桐山は、桐山でなければ指せない手を指すことによって、プロ中のプロなのである。しかし、なんと判りにくい芸であることか。

(以下略)

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桐山清澄棋王(当時)はこの年の3月に米長邦雄四冠(当時)に勝って棋王位を奪取している。

更にはこの翌年に棋聖位を獲得(3期・1年半保持)することになる。

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桐山清澄九段の棋風を形容するとき「燻し銀」という言葉が使われるが、なるほど、▲9八香や▲5三歩はまさに燻し銀のイメージにピッタリだ。

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「燻し銀のような」は、「見た目の華やかさはないが実力や魅力がある」「渋くて味わいのある」と同義語。

刑事ドラマには最低一人は必要なキャラクターだ。

『太陽にほえろ!』でいえば露口茂さんが演じた山村精一(山さん)。

例外は『西部警察』で、毎回のように銃撃戦やカーチェイス、爆破シーンが盛り込まれていた関係からか、燻し銀の雰囲気の刑事は誰もいなくて、とにかく鉄砲を撃ちまくる。またそれが西部警察の特徴でもあった。