将棋世界2003年8月号、泉正樹七段(当時)の「一触即発 升田式石田流」より。
将棋を覚えた頃の強烈な印象は時が数十年経過しても脳裡に残っているもの。
昭和46年の大山-升田の名人戦に子供心にも感動し、升田式石田流に熱中し1年程で初段にかけ上がった。
振り飛車を指すときは三間飛車と決めていた訳で、特に、▲7六飛と浮いた形が仮面ライダーの様にカッコ良く思えて、いつも心の中で「トウッ、ライダー変身」と叫んでいました。
形を見よう見まねでも、町道場のおじちゃん相手なら縦横無尽、「ライダー2号一文字隼人は改造人間である……ショッカーの地球征服を阻むため…」といった調子で連勝街道爆進!
やさしいおじちゃん達は「ボウヤ、こんなに強いんだからプロを目指しな。だけどなボウヤ、将棋指してる時に仮面ライダーの歌うたっちゃいけネエな、奨励会はスゴく厳しいんだからさ」お調子者の正樹少年を正してくれていました。
升田先生の奇想天外な戦法を理解し始めたのは奨励会入会を果たした後のこと。
先輩達に教わりつつ試しても全然通用しない。相手が強ければどんな戦法を使っても跳ね返されるだけ。5級の頃、「升田式石田流を指しこなすのはヒゲツラで怖くなきゃムリ」と悟り使用禁止にしました。「光陰矢の如し」で早や30年。過去を振り返り思うことは、人間の記憶というものはいかにあいまいで、いい加減なものかということに気付かされます。
なんと棋士泉は、あの時封印したはずなのに数年前からちょくちょく用いているではありませんか!それも研究会ならともかく、よりによって棋士の本義ともいうべき順位戦で。
酒を生涯の友と定め数十年、敗戦の度に決意した約束事をも簡単に放り出してきた気がする。
お酒というものは程度を守っていれば本当にいい気分にさせてくれますけれども、危険区域を突破しようものなら「ガルッガルルッまだお金おもってるんだから飲ませてくれてもいいでしょう~」と、宵越しの銭放銃モードで怪物化します。
ですから、禁断だろうと封印だろうと平気で忘れちゃって、しばらく経っても失敗に気づかない。
頭がイカレているのを棚に上げお酒のせいにするのは最悪。少しずつ直そう。
さて16頁の講座ともなれば周到な用意が必要ですが、正直いって準備不十分。
これでは升田先生の怖い目が気になりますが、後戻りはできないので始めます。
(以下略)
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野獣猛進流の泉正樹八段。
「ガルッガルルッ」が出てこないと納得しない将棋世界読者、近代将棋読者も多かったと思う。
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アマチュア時代は振り飛車党でも、奨励会入会あるいはプロになってから居飛車党になっている棋士が多い。
逆の流れで、アマチュア時代に居飛車党で奨励会に入ってから振り飛車党になったのは窪田義行七段。
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一番最初の『仮面ライダー』 は、1971年4月から1973年2月まで放送されていた。(泉八段が10歳から12歳の頃)
仮面ライダー1号が本郷猛(藤岡弘さん)、仮面ライダー2号が一文字隼人(佐々木剛さん)。
泉八段は、仮面ライダーの放送が終わった年に奨励会に入会している。
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泉八段の実家は東映大泉撮影所の近くで、その関係もあって泉八段が子供の頃は、東映制作のテレビドラマ『柔道一直線』や『ジャイアントロボ』に子役として出演していた。
『仮面ライダー』 も東映の制作。(撮影は東映生田スタジオ)
泉少年にとっては、仮面ライダーの格好良さに加えて、東映に対する愛着もあったのかもしれない。
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泉正樹八段の若い頃→「関東若手棋士 地獄めぐり」