渡辺明五段(当時)「どこがスペシャルなんだ、と思ったあなた、なかなか鋭いです」

将棋世界2004年4月号、渡辺明五段(当時)の「渡辺明の研究ファイル」より。

 こんにちは。まだまだ寒い日が続いています。暖かい春が待ち遠しいです。順位戦もいよいよ佳境、最後のひと踏ん張りです。

 この講座も残すところあと2回になりました。いわゆるラス前ってやつです。ラストはどんな形で締めくくろうかなと今から頭を悩ませています。

 今月はいつものパターンで。まずは大山-内藤戦より(昭和44年2月3・4日、第18期王将戦第3局)

(中略)

 来月でいよいよ最終回。今から構想を練って、感動のフィナーレで締めくくりますか。

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将棋世界2004年5月号、渡辺明五段(当時)の「渡辺明の研究ファイル」より。

 こんにちは。

 1年間お付き合い頂きましたが、今回が最終回です。年度も変わり、気分一新頑張っていきましょう。

 今回は最終回スペシャルとして、自分の将棋から2局取り上げてみます。

 どこがスペシャルなんだ、と思ったあなた、なかなか鋭いです。

 まずは今年2月の銀河戦本戦Aブロック、真田六段との一戦から。

(中略)

 ご愛読頂いた方々、棋譜を使用させて頂いた棋士の方々、ありがとうございました。今回をもって終了させて頂くつもりでしたが、形を変えてもうしばらく書かせて頂く事になりましたので、引き続き宜しくお願い致します(笑)。

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将棋世界2004年6月号、渡辺明五段(当時)の「渡辺明の終盤のセオリー」より。

 皆さん、こんにちは。そんなわけで講座続行の運びとなりました。もうしばらくお付き合い下さい。

 この原稿が皆さんの目に留まる頃には20歳になっています。

(以下略)

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渡辺明五段(当時)の講座が好評だったので、急遽、新しい講座での継続連載が決まったのだろう。

出だしと次号予告は渡辺明棋王らしい面白さ。

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渡辺明棋王の解説は非常に率直で面白い。

このときの講座でも、35年前の大山-内藤戦を渡辺流でわかりやすく解説している。

最新の解説もさることながら、江戸時代以来の過去の名局・好局を渡辺明棋王が解説するという本あるいは番組があれば、多くのファンに喜ばれると思う。

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最近、6枚落ちを人に教える必要があったとき、いろいろと調べて最も参考になったのが、渡辺明棋王のブログの過去の記事。

わかりやすく、かつ論理的だ。

6枚落ち考察1。(渡辺明ブログ)

 

内藤國雄九段「『生』という字は、100通り以上読めるらしいねぇ。しかし『死』という字は1つしか読めない」

将棋世界2004年2月号、増田裕司五段(当時)の「関西将棋レポート」より。

 第29回『関西将棋の日』が、11月16日に関西将棋会館で開催された。このイベントは、普段からお世話になっている将棋ファンの方への感謝の気持ちを込めたもので、関西棋士が52名参加。

(中略)

 午後3時30分「東西クニオおおいに語る」

 米長永世棋聖と内藤九段の対談で、絶妙のトークショーとなった。(一部紹介)

内藤「『生』という字は、100通り以上読めるらしいねぇ。しかし『死』という字は1つしか読めない」(意味深な話)

米長「100あるの!!30くらいと思っていた」

 他に、内藤九段が、歌手の故・三橋美智也さんを偲ぶ会の会長になった話や、

米長「将棋は日本の伝統文化になって国から予算が出る。教育上いいという事で、将棋を国技にする事が私の役目」

内藤「お母さんに将棋の先生は素敵だねと思ってもらわないと。色気と笑いが大事でね」

(以下略)

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「『生』という字は、100通り以上読めるらしいねぇ。しかし『死』という字は1つしか読めない」は、たしかに奥深い。

生き方は何通りもあるけれども、死という現象は一通りしかない、ということか。

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「東西クニオ」ということで、内藤國雄九段と米長邦雄永世棋聖の対談は何回か行われており、2004年には二人の対談録「勝負師 (朝日選書)」が出版されている。

もともと気が合っていた二人だが、最後はそうでもなくなっている。

将棋世界2013年3月号、米長邦雄永世棋聖追悼号、内藤國雄九段の追悼文「中身の濃い人生でしたね」より。

 後に理事になる同門の淡路君と飲んでいるとき、話の途中で「米長先生とぜんぜん考え方が違います。本当に二人は仲がいいんですかぁ?」と野太い声で聞かれた。「意見は合わないが気は合うということやな、ふん」。連盟の行く末、女流棋士への考え方など米さんと真逆であったが、会うといつも楽しくなり別れるときは固い握手をした。それは米さんの天性ともいうべき明るいユーモアのせいであった。

 連盟に公益法人の話が出たあたりから彼の言動が理解しにくくなり、連盟が米長一人に振り回されているように見え始めた。「棋界のナベツネになる。死ぬまで会長だ」そう米さんが宣言したという噂が流れてきた。握った権力は一生離さない。これは権力者の陥る通弊だ。もう握手できないと思った。

 そんな頃、さわやかな声で電話を貰った。「前立腺がんと闘ったことを本にした。内藤さんも危なそうだから送りましょうか」。

 私は「有難う、送るのは面倒でしょう。本屋に買いに行くよ」これが二人の最後の会話になった。

(以下略)

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将棋世界2015年7月号「内藤國雄九段 酒よ、夢よ、人生よ さらば将棋」にも内藤九段の米長永世棋聖への思いが語られている

将棋世界2015年7月号(Google ブックス)の109ページ~110ページ

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石田和雄九段の新著『棋士という生き方 (イースト新書Q)』にも、米長永世棋聖の棋士としての数々の実績を讃えた上で、次のように書かれている。

 1992年、ついに名人戦七番勝負で中原さんを破って、49歳で名人位に就いた偉業は素晴らしい。その後、2005年からは将棋連盟会長も務められました。

 後輩の立場ではありますが、あえて一言。最晩年の独裁的な振る舞いは、如何なものだったでしょうか。

 会長在職中の2012年、米長さんは69歳で逝去されました。ここに改めて、ご冥福をお祈りいたします。

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米長邦雄永世棋聖の会長時代は、たしかに功績も大きかったが、負の部分も少なくなかったと言われている。

亡くなる3ヵ月前、2012年9月の将棋ペンクラブ大賞贈呈式での米長永世棋聖(文芸部門大賞受賞)は、それまでの泥沼が全て抜けて、神々しい感じさえした。

本当にさわやか流だった頃に戻ったのだと思った。

 

藤井猛九段「見ていて退屈な展開は指している方も退屈だ。しかしやっぱり無理は良くない。地味で眠くなる展開こそ順位戦の味だ」

将棋世界2003年8月号、藤井猛九段の「藤井の実戦思考」より。

 お盆の空気が抜けない8月半ば過ぎ、ジリジリとしたアスファルトの照り返しの中を将棋会館へ向かう。千駄ヶ谷の駅からの距離がいつもより遠く感じられるのは暑さのせいだろうか。

 B級1組の順位戦には初参加。2連勝と滑り出しは良かったものの、前局で黒星を喫する。下位は3敗が昇級ラインだが、ここで連敗しては望めまい。しかも今日の相手は昇級筆頭候補だ。

 郷田八段(当時)が着座して対局が始まる。順位戦は予め先後が決まっているので振り駒もなくいつも始まりは静かだ。(郷田さんの先手だが便宜上先後逆)

 1図は藤井システムの構えから▲4八玉とした局面。

 居飛車は端歩を受けているので穴熊には組みにくいだろうと玉を上がるが、それでも△3三角(2図)と来た。

 これは一見穴熊を目指した手だが、素直にそう解釈してよいものかどうか。

 本気で穴熊を目指すつもりだろうか?だとすれば早い時間に決闘になる。昼食の注文は蕎麦ではなくうな重にするべきだったか?しかし端歩を受けてから組むのは危険だ。恐らく他の囲いを目指しているに違いない。

▲4六歩△2二銀

 これで早期決戦はなくなった。自分の推理が当たると嬉しいのはミステリーも将棋も同じだ。やはり蕎麦でよかった。

(中略)

 進んで3図。△1二玉は▲2五歩の仕掛けを警戒した堅い手ではあるが、やや妥協した感のある手。

 この手の狙いはなんだろう?ここから普通に駒組みが進むとB図のような局面が予想される。この展開はまさに一局としか言いようがないが、千日手模様になることがある。

 本局は実際私は後手番なので不満はないが、先手の居飛車側にとってはどうだろう?B図よりもう少し欲張った図を目指していると見た方が良さそうだ。△1二玉以下▲3九玉△3二金▲2八玉に△5一銀が狙いではないか?以下4二~2二へ銀を移動するとC図のように進む。

「現代風の居飛車は隙あらば4枚で固める手を常に狙っている」のである。この局面は玉が堅い上に角筋が通っているのが大きい。C図になっても振り飛車が悪い訳ではないが気分的に面白くない。10数分考慮の後対抗策を思いつく。

 ▲2七銀(4図)が工夫の手。

 直接の狙いは▲1八飛からの玉頭攻めだが、そう指さなくとも▲3八金で普通の形に戻せるので損はない。

 △5一銀なら▲1八飛△4二銀▲1五歩△同歩▲同飛△1四歩▲1八飛△3一銀▲1六銀△2二銀▲2五歩△同歩▲同銀△2四歩▲1四銀(D図)で大優勢。

 これはうまく行き過ぎで、途中△2二玉と避難するのだろうがそれでも▲2五歩△同歩▲同桂△2四角▲6五歩(王手)の筋があり居飛車が大変だ。

 思考を巡らせているうちに色々面白い筋も見えてきた。よし、△5一銀ならこの手で行こうと自信が湧いてきた矢先、僅か2分で△4四歩。

 あれ?なんだ、相手は最初からそちらの予定だったのか。△5一銀を心配して損した。今度の推理は空振りか。

 それならそれで、こちらも当初の予定通り▲3八金で不満なしなのだが、それだと相手の手を殺し合う地味な展開が必至。一度D図のような一気に必勝形の手を夢見てしまうとどうしてもそちらに魅力を感じてしまう。ただでさえこの暑くて眠い時間帯に地味な駆け引きは冴えない。△4四歩にも▲1八飛はどうだろう?以下△4三金右▲1五歩△同歩▲同飛△1四歩▲1八飛に△2二玉でさすがに無理か。しかし何かないか?どんどん読みが本筋から外れて行く。

 見ていて退屈な展開は指している方も退屈だ。しかしやっぱり無理は良くない。地味で眠くなる展開こそ順位戦の味だ。▲3八金。自然に指すのが一番だ。危ない時間帯だった。

(以下略)

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この回の講座は、

「気持ち良く玉を固められて気持ち良く攻められてはなかなか勝てない」

それを防ぐべく、巡らせた思考の揺れを体感していただけたろうか。

で結ばれている。

対局中の揺れ動く気持ち(優勢を感じて、早く終わって飲みに行こう、などと考えてしまうことなども含めて)が語られた自戦記は、間違いなく面白くなる。

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「本気で穴熊を目指すつもりだろうか?だとすれば早い時間に決闘になる。昼食の注文は蕎麦ではなくうな重にするべきだったか」

昭和の頃であれば、居飛穴に対しては振り飛車側も陣形を整備しつつ持久戦になったものだが、藤井猛九段の場合には、相手が穴熊を目指した瞬間に藤井システムが発動されるので、早い時間からの決戦となる。

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「一度D図のような一気に必勝形の手を夢見てしまうとどうしてもそちらに魅力を感じてしまう」

予定されていたお祭りや飲み会が、当日の夕方になって急遽中止になってしまったときの気持ち、に似ているのだろう。

真っ直ぐに家に帰るのが好手であるのに、気持ちが成仏できなくて、ついつい一人で夜の街へ出かけていってしまい、たくさんお金を使い過ぎて、あとで後悔をしてしまうことも多い。

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「自分の推理が当たると嬉しいのはミステリーも将棋も同じだ」

ミステリーは推理が当たらなかったときの方が嬉しい、自分の想像を超えた意外な展開だからこそ楽しめる、という考え方もある。

ミステリーの推理が当たると嬉しいというのも、勝負師ならではの感じ方かもしれない。

 

大山康晴十五世名人「私の仲間にこういうのがいる」

将棋世界2004年4月号、「時代を語る・昭和将棋紀行 広津久雄九段」より。聞き書きは木屋太二さん。

 駒を積み重ねること。これが私の特技です。世間によく知られるようになったのはNHKのテレビ番組「私は誰でしょう」に出演してから。

「この人は誰でしょう?」「将棋の歩を逆さまにして全部の駒を積み上げてしまいます」。そんな問題と解答があり、私が実演する。公開放送の生番組です。出演者はリハーサルでは成功するが、本番で失敗する人が多い、と聞かされていたが、私は本番で40枚の駒を積み上げた。

 そもそもこの話は大山名人が番組に出た時、司会の八木治郎さんから、「どなたか珍しい技を持った方を知りませんか?」と尋ねられ、「私の仲間にこういうのがいる」と語ったのがきっかけでした。どうして、こんなことを始めたのか?子どもの頃、近所のおじさんが私を呼び、「歩が逆さまに立っている。その上に駒が乗っている。どうだ出来るか」と言う。その人は私に将棋を負かされるものだから、何かで仕返ししようと思ったらしい。

 実はニカワで駒をくっつけたのだが、子どもの私にはその細工が分からない。挑戦してみたが最初の1週間はまったく積めない。私は負けん気が強かったから、いろいろな方法を試してみた。ある時、逆さまにした歩の上に木を乗せてみたら出来た。置き方のコツをつかんだ。1回出来たら、もう平気という状態になった。自転車も一度乗れるようになったら忘れない。それと同じです。

(以下略)

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一番最初に歩を逆さまに立てて、その上に残りの駒39枚を積み上げた広津久雄九段。

信じられないような芸だが、本当に実現していたのだから凄い。

子供の頃にコツをつかんだのが大きいと思う。

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NHKのテレビ番組『私は誰でしょう』は、調べてみると、人気クイズ番組だった『私の秘密』が正確なようだ。

1955年から1967年まで放送されており、初代の司会者はNHKアナウンサー時代の高橋圭三さん。

二代目の八木治郎さんは1962年から1966年まで司会を務めていたので、大山康晴十五世名人や広津久雄九段が出演したのはこの頃ということになる。

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八木治郎さんというと、フリーになってからの『万国びっくりショー』での司会や『野生の王国』のナレーションが思い出される。

『野生の王国』というと、蛇が出てくる回が好きだった。実際に目の前に蛇が現れたらいつもより5倍は俊敏に逃げ出すほど蛇は苦手だが、テレビの画面を通しての安全な場所から見る分には、怖いもの見たさでよく見ていたものだ。

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NHK出身で民放で活躍した人といえば小川宏さんもいる。フジテレビ系朝の『小川宏ショー』はとても良い番組だった。

ある時、エレベータが開いたら小川宏さんが一人で乗っていた。今まで生で会ったことはないのに条件反射的に「おはようございます」と言いそうになったほど朝の顔だった。

その小川宏さんがNHK時代に先輩アナウンサーだった高橋圭三さんから受けたアドバイスが「顕微鏡で調べて望遠鏡で放送しろ」だったという。

「顕微鏡で調べて望遠鏡で放送しろ」

随筆でもノンフィクションでも小説でも観戦記でも、あるいはビジネス上のプレゼンでも、物事の表現の際のすべてに当てはまる名言だと思う。

 

2018年6月将棋関連新刊書籍

2018年6月の将棋関連新刊書籍。

〔7月以降の新刊〕