森内俊之名人(当時)の名人戦史上稀に見る絶妙手

将棋世界2005年7月号、第63期名人戦〔森内俊之名人-羽生善治四冠〕シリーズ前半を振り返る「面白くなる予感」より。佐藤康光棋聖と郷田真隆九段の特別座談会。

第2局 平成17年4月25・26日 於・三重県鳥羽市「戸田家」
○森内-羽生●

―まず第2局ですが、羽生四冠の注文で第1局と同じく一手損角換わりの出だしになりました。

郷田 一手損角換わりは流行の戦法ですが、2局連続で指すとは意外でした。

佐藤 先手棒銀に対する△4四歩から四間飛車はぼくが最初に指した将棋です。

郷田 封じ手の△3五歩(2図)は羽生さんの勝負手。森内さんは意外だったのではないですか。

佐藤 羽生さんにすればこの一手なんでしょうけど。ふつうに囲っていたのでは勝ち目がないと思ったんでしょう。

郷田 この手には▲4七銀と引いて、以下△4五歩▲同歩△同飛▲4六歩△4二飛▲7七銀にようにじっくり指すのもあったかもしれませんが、森内さんとしては良さを求めたいと▲3五同銀と取り、一番激しい戦いになりました。

佐藤 森内さんの▲6五角はノータイムの手でしたが。あまりうまくいきませんでしたね。羽生さんの△3一歩(3図)がいい手でした。

郷田 指されてみればなるほどという手で、陣形がしっかりしましたね。森内さんはここで▲4六銀と指しましたが。

佐藤 ▲4六銀は早い指し手でしたが、屈辱的な辛抱といえる手です(笑)。この手で▲2四歩△同歩▲同銀と攻めるのは、△4四飛▲3三銀成△同桂▲2一飛成に△4七角で先手苦しい。先の△3一歩が生きる展開です。

郷田 ▲4六銀以下は、△4四飛▲4五歩△4一飛。▲6五角の手から考えるとちょっと不可解な手順ですが、以下も、森内さんがひたすら耐え忍ぶ将棋になりました。

(中略)

郷田 羽生さんはそれほど形勢がいいとは思っていなかったんですかね。森内さんが▲6六角と香取りに角を打ったのが4図で、攻め合いにいきます。

4図以下の指し手
△3九角▲1一角成△4八角成▲同金△2八飛▲3八角△4五銀▲3九銀△5六銀▲6六馬△3八飛成▲同金△4七銀成

郷田 △3九角と決戦に出ましたが、羽生さんが攻め急いだ感じがします。この手では
△3三角と合わせ、▲4四銀△同金▲同歩△2五歩(A図)。これで次に△2四角とのぞく手を見せてじわじわ指せばどうだったでしょうか。

佐藤 ▲3八角が森内さんの好手だったんですね。ふつうは銀を使うところを角で受けて▲3九銀と打つ形を残したのがうまかった。

郷田 羽生さんは、この▲3八角を軽視していたのかもしれません。

佐藤 ▲3九銀に飛車を逃げるわけにはいかないので△3八飛成と飛車を切りましたが、羽生さんにとっては不本意な手のはずです。飛車を渡したことで、逆に羽生さんが忙しくなりました。

郷田 こういう進行になるのだったらやっぱり他の手段を選ぶべきです。

佐藤 形勢を持ち直してからの森内さんは、指し手が早かったですね。

郷田 苦しい将棋だったこともありますが、開き直れたのが勝因でしょう。しかし、厳密の形勢は、まだ羽生さんに分があるのではと私は見ていました。△4五歩(5図)がどうでしたかね。△5八竜と竜を引く手の方がよかったと思いますが。

佐藤 歩を打つなら△4三歩とどこかで打つ形です。おそらく勝利を見通して勝ちに行ったのでしょうが、直後に森内さんに妙手が出ました。

郷田 5図で▲4八金が妙手。△3九竜は▲5七金と成銀を取られますので△4八同成銀と取りましたが、成銀がそっぽに行ったので後手の攻めが遅れ、先手玉が寄りにくくなりました。

―▲4八金は名人戦史上まれに見る妙手と話題になりました。鮮烈な森内名人の逆転劇でしたね。

佐藤 この将棋での羽生さんの指し手は凄く慎重でしたね。先手の端の位が大きいと判断して決戦に行ったようですが、どこかに誤算があったんでしょう。

(つづく)

* * * * *

森内俊之名人(当時)の5図からの▲4八金(6図)が絶妙手。

後手からの寄せのスピードを遅らせることができれば、▲6六香~▲6三香成の攻めが超特急。

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佐藤康光棋聖(当時)の「先手棒銀に対する△4四歩から四間飛車はぼくが最初に指した将棋です」が、とても嬉しそうだ。

佐藤康光九段が繰り出す新手・新戦法を誰も真似てくれない、と嘆いていたのがこの3年前のことだった。

佐藤康光王将(当時)「我が将棋感覚は可笑しいのか?」

 

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