将棋世界2005年7月号、第63期名人戦〔森内俊之名人-羽生善治四冠〕シリーズ前半を振り返る「面白くなる予感」より。佐藤康光棋聖と郷田真隆九段の特別座談会。
7図以下の指し手
△3四飛成▲7三馬△4二飛▲5一馬△4五角(8図)佐藤 △3四飛成は男らしいというか、決断がいい手ではあります。
郷田 △2一銀と受ける手はなかったんですかね。△3四飛成だと後手がだめだろうなと思っていたので。△2一銀と受けて後手が悪くなる具体的な手順がちょっと分かりませんでした。まあ、銀を使ってしまうと攻める手がなくなるわけですが。
佐藤 私も第一感は△2一銀でした。私は京都の名人戦フェスティバルで大盤解説をしていたのですが、いっしょに解説をした阿部八段が、△3四飛成と歩を取るしか考えられないと断言されていたそうなので、△2一銀の賛同者がいて安心しました(笑)。
郷田 ▲7三馬のところで、なぜ羽生さんは▲3二銀成と金を取らなかったんでしょうね。それが最大の敗因でしょう。
佐藤 そうですよね。▲3二銀成△同飛▲4二金△3三飛▲3二歩△1四香▲3一歩成△1二玉▲3二金打(B図)
郷田 ▲3二金打は泥臭い手ですけど、B図は、先手は2二の桂はと金で必ず取れますし、3三の飛も取れそうです。しかも先手玉は堅い。本譜は7三の桂を取った後同じように攻めましたから、B図の方が先手の攻めが一手早いんです。
―羽生四冠も感想戦で「▲3二銀成とするべきだった」と言っていました。
郷田 ただ、▲7三馬も羽生さんらしい手だなとは思いましたけどね。ゆっくり遠巻きな感じが…(笑)。
佐藤 羽生さんは本譜の順でもいいと思っていたんでしょう。しかし、森内さんの△4五角(8図)がちょっと気がつかない良い手でしたね。
郷田 ぼんやりした手ですが、大駒をうまく使う森内さんの長所がよく表れた好手でした。先手は角の直射が受けにくいんですね。次に△3八竜からいきなり△7八角成と攻める手があります。先手は底歩を打っている関係で受けにくい。羽生さんはどうやらこの△4五角が見えてなかったようです。先手が苦しくなったと思いました。
佐藤 しかし、△4五角は指しにくい手です。私はこの手を見た瞬間は、これが本当にいい手なのかどうかがすぐには判断できなかったです。でも非常に好手でしたね。△4五角には▲5六歩と突いて曲線的に指すのかなと思いましたが、羽生さんは▲3二銀成△同飛▲4二金△3三飛▲3二歩△1四香▲3一歩成と、直線的に行きました。
郷田 本譜の進行は羽生さんが損だと思うので、私も気持ちを切り替えて▲5六歩から曲線的に指したほうがよかったと思います。
(つづく)
* * * * *
「△2一銀の賛同者がいて安心しました」という佐藤康光棋聖(当時)が可笑しい。
* * * * *
郷田真隆九段の「ただ、▲7三馬も羽生さんらしい手だなとは思いましたけどね。ゆっくり遠巻きな感じが…(笑)」。
なるほど、たしかに羽生善治竜王の棋風には(最終盤の寄せは別としても)「ゆっくり遠巻き」という形容詞が当てはまる。
これも、何度も何度も羽生四冠(当時)と戦ってきた郷田九段だからこその視点。
「大駒をうまく使う森内さんの長所がよく表れた好手でした」も、森内俊之名人(当時)と少年時代から何度も何度も戦ってきた郷田九段だからこその感想だ。