名人芸の棋士寸評

近代将棋1982年6月号、原田泰夫八段(当時)の「棋談あれこれ」より。

 今回は昇段者に祝意を表し、昭和生れの新鋭に拍手。皆さんの喜びが分る、昇段者のご家族、師匠、ファンのお喜びを察する。今後の奮闘、昇進を期待し寸評を並べる。

森八段 35歳

 名人戦挑戦者決定リーグに復帰昇進。天才的早見え早指し。乱闘になるほど力が出る。振り飛車好き。独創性豊か、常に恐れず面白い将棋を見せる。すかっとした竹の如き美剣士。

谷川八段 20歳

 次代の名人候補。自分より遙かに格の下の将棋を見る場合でも、距離を保ち正座静粛の観戦態度は模範的。自然、自在、淡々、さわやか………先輩の長所を吸収して大成。リーグ戦にも勝ちこしを予想する。適当な時期に、彼にふさわしき花嫁が現われることを祈る。

福崎七段 21歳

 純心な少女の如き笑みを浮かべながら斬りまくる。攻め八分、あやしいまでに鋭い攻めに見とれる。対局態度も立派。谷川君の好敵手、谷川-福崎、福崎-谷川で数多くタイトル戦に登場する日を期待する。好青年。

淡路七段 31歳

 中原棋聖に淡路六段が挑戦した時に声援「不倒流」の愛称を呈した。長期戦、長手順で最後に勝つ男。一手、一手に慎重すぎないか、真面目流。もうちょっと図太く構えれば更に好調が持続できる。実力者。

田中(寅)六段 24歳

 二階級特進させたくなる。高段戦をよく調べている。愛妻弁当を開きながらも盤上に眼を注いでいる。盤上一筋型、故山田九段を想い出すが、ブルンブルンのギターも楽しむ。日下ひろみさん、しっかりした美人妻を得てから更に努力、連続昇進はお見事。

鈴木(輝)六段 27歳

 棋士仲間やファンに愛される青年。先般、良縁の結婚、これから落ちついて対局に打ちこめる。対局には全力傾注、終了すればヒヤアヒヤアと笑声をあげながら人生を楽しむ。健康に留意して大いにがんばるべし。

中村(修)五段 19歳

 全勝優勝に拍手、見事見事。四段に昇進直後か、民放テレビで彼の言動に接した、実にいい感じ。育ちのよさか師匠の人間教育がいいのか、どこへ出しても大丈夫の好青年。淡々流。大いに有望。

高橋五段 21歳

 物に動じない、独特の雰囲気をもつ青年。大平元総理が浮かんでくる感じ。大型。10秒将棋の名人。奨励会諸君と早指しを指しまくる。茫洋、新進の競争相手を呑みこむかも知れない。

南五段 18歳

 精巧な小型コンピューター。性能抜群、静かに鋭く回転する。黙って指し、静かに勝ち、敗者のこぼす感想を黙ってきいている。無想流。山頂禅庵で坐禅が似合う不思議な感じを与える好青年。前途洋々。

 四段に昇段者

 植山悦行君。西川慶二君。武市三郎君。室岡克彦君。堀口弘治君の5人が4月1日付で昇段、4月22日に昇段免状を授与される。おめでとう。原田の場合、昇進して最も嬉しかったのは、奨励会の六級から初めて昇進五級になった時、初段になった時、四段になった時、八段になった時、40数年前、30数年前のことが鮮やかによみがえる。

 三段と四段の一段の差は雲泥の相違、今も昔も変りがない。

 新四段の諸君は、奨励会で泣いて鍛えた腕を、これから大いに発揮すべし。努力の持続、才能を磨くこと、健康に注意すること。神様でないから、ほどよく遊ぶことはストレス解消でいいが、乱れすぎて人に迷惑をかけるのはいけない。その辺の心の持ち方が難かしい。

(以下略)

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「すかっとした竹の如き美剣士」

「彼にふさわしき花嫁が現われることを祈る」

「純心な少女の如き笑みを浮かべながら斬りまくる」

「長期戦、長手順で最後に勝つ男」

「二階級特進させたくなる」

「先般、良縁の結婚、これから落ちついて対局に打ちこめる」

「どこへ出しても大丈夫の好青年」

「大平元総理が浮かんでくる感じ」

「山頂禅庵で坐禅が似合う不思議な感じを与える好青年」

それぞれ一つ、印象的な言葉を入れるのがこのような時のコツだと言えるだろう。

名人芸の棋士寸評だ。