奨励会旅行で泣き出した二人

将棋マガジン1984年12月号、中井広恵女流二段(当時)の「ヤルッキャナイ」より。

 皆さん、こんにちは。お元気でしたか?今回は、9月27、28、29日の二泊三日で奨励会旅行に行った時のことを書こうと思います。

 朝八時三十分、連盟集合。関西奨励会との合同旅行ということもあって、バス2台で出発しました。最初はあまり気がのらなかったんです。だって、女の子一人じゃさびしいでしょ!でも、幹事の先生が「女流の方でもさそったら」と言ってくださったので、山田久美ちゃんに声をかけたところ「行きたい」ということだったので―。

 初日の予定は、練馬インターチェンジ、関越道を通り、ドライブインで昼食、三国峠をこえて「将棋の国」到着。将棋の国は二回目なんですよね。とても良い所ですから、皆さんも一度いらしてみて下さい(勝手に宣伝してしまった……)。

 将棋の国に着くと、すぐ恒例の東西対抗トーナメント戦が始まりました。私の一回戦の相手は、関西の田中幸道7級。何かのまちがいで、私が勝ってしまったんです。おかしいですねぇー。中盤ではすごく悪かったんですけど、秒読みで逆転してしまったんです。年に一度の旅行だから、こーゆーことがあってもいいですよね。全員一回戦が終わったところで夕食。次々においしそうな料理がでてくるので、びっくりしました。充分スタミナをつけて食後の二回戦にいどんだのですが、残念ながら負けてしまいました。

 二日目は、ロープウェーとリフトを使って谷川岳の天神平に登りました。名前だけでもすごいですネ!怖かったんですよ。今にもロープウーェーが落ちそうで………。命がけでしたね(少しオーバーかナ)。でも乗っている最中に「谷川岳の登山で亡くなる人は、日本一多いんだよ」と聞いたら生きている気がしないですよね。保険金、いっぱいかけてあるか心配になりました。リフトはおもしろかったですよ。ながめがとてもキレイなんです。絵葉書では得られない感動でしたね。また来たいナと思いました。谷川岳に登ったから、少しは将棋強くなるかしら…。将棋の国にもどると、キャンプファイヤーの用意が行われていました。キャンプファイヤーといえば、フォークダンス。幹事の先生が真面目な顔で言うので、思わず久美ちゃんとなきだしてしまいました。だって、男の人同士で手をつないで見つめあうんですよ。おかしくて涙が出てきちゃいます。中には、そーゆー趣味の人もいると思いますが……。夕食はバーベキューでした。おなかがすいていたのでいっぱい食べよう!とはりきっていたのに、私達の所だけ火が小さくて、全然焼けなかったんです。結局、他の所にまぜてもらうことになり、一番最後まで食べていました。あの時はつらかったですよ。食べ物のうらみは恐ろしい……。

 三日目は、朝出発が早かったんです。久美ちゃんが12チャンネルのビデオどりで、東京に帰らなければならなかったので、新幹線の時刻に合わせて―。無事久美ちゃんを駅に送り届けたわけですが、女の子一人になっちゃったので、ちょっとさびしかったんですよね。そのあと、中禅寺湖、日光、を見てイロハ坂を通り連盟に帰ってくるというコースでした。せっかくの旅行なのに、ガイドさんの説明もきかず、一生懸命トランプに打ちこんでいた奨励会員が急に思いたったように、歌を歌いだしたんです。今年は歌わなくてもいいと安心していたのにゴールまじかで御指名。やけくそになって、明菜ちゃんのサザン・ウインドをうたってしまいました。評判は、はたして?ムフフ……

  今回の奨励会旅行は、関西の方ともおしゃべりできて、とても有意義にすごせました。ところで、話は私事になりますが、父がこの原稿の題名にもんくをつけるんです。「あれじゃやる気がないみたいだ」って……。やるっきゃないの意味がわからないなんて、時代の差は大きいですね。 

* * * * *

この頃は、羽生善治二段、佐藤康光初段、先崎学1級、森内俊之1級、郷田真隆1級の羽生世代奨励会員をはじめとして、富岡英作三段、安西勝一三段、石川陽生三段、所司和晴三段、中田宏樹三段、伊藤能三段、高田尚平二段、北島忠雄二段、中田功二段、佐藤秀司二段、櫛田陽一初段、木下浩一初段、岡崎洋2級、豊川孝弘2級、中座真3級、勝又清和3級、飯塚祐紀4級、中川大輔5級、近藤正和5級、関西には本間博三段、野田敬三三段、神崎健二二段、長沼洋二段、藤原直哉二段、平藤真吾二段、杉本昌隆2級、村山聖3級、畠山成幸4級がいた時代。

このうちの全員、あるいはほとんどが、この奨励会旅行に参加していると思って間違いない。

* * * * *

「将棋の国」は新潟県の苗場にあった。

三浦弘行九段も子供の頃に通っている。

三浦弘行九段の修行時代(前編)

* * * * *

「キャンプファイヤーといえば、フォークダンス」

このような事実を初めて知った。

キャンプファイヤーにフォークダンスは定番なのか……

とにかく、男だらけの奨励会旅行でフォークダンスが行われたのは間違いないようだ。

中井広恵女流二段と山田久美女流初段の二人の女性(といっても15歳と17歳)がいるのでフォークダンスもありかな、ということだったのかもしれない。

どちらにしても、ほとんどが男性のフォークダンスは、中井広恵女流二段と山田久美女流初段を泣かせるのに十分なほど、可笑しかったのだろう。

中井広恵女流六段による当時の奨励会旅行の本が出たら、かなり売れるのではないかと思う。