「将棋に美は必要だが、勝負に美は必要ない」

近代将棋1982年4月号、弦巻勝さんの第5回若獅子戦〔田中寅彦五段-中村修四段戦〕観戦記「目のまわる王様」より。

 本誌編集部より観戦記を書いてみないかと依頼を受けた。私は一応写真を撮ることによって生計を立てている、将棋大好きカメラマンである。現像液も使用せずに紙の上に文字を浮き出させることは得意でない。しかし、最初から最後まで誰はばかることなく一局の将棋を真近で見ることができる。こんないい話はない。カメラとペンを持って将棋の本山へ参上した。

 棋界は混み合っていて、プロ棋士になるのは大変なこと、アマチュアの中で少し強いくらいではとてもプロの四段にはなれない。宝くじに当たるようなわけにはゆかないのだ。ましてや八段になれるのはごく一部にすぎない。四段になると将棋の世界は一人前。しかし今日の対局者は二人共一人前と思っていない。八段になって一人前と考えている二人である。読者の皆さんは、観戦記は読まずにぜひ棋譜だけは並べてほしい。

(中略)

プロフィル

 田中寅彦五段 昭和三十二年四月二十九日生れ、四十七年高柳敏夫八段に六級で入門。

 中村修四段 昭和十七年十一月七日生れ、五十一年佐伯昌優七段にやはり六級で入門。今日は対局が多く、この将棋の他に十局もあり、雑誌でよく見る棋士の顔が動いている。本局は将棋連盟五階の香月の間で午後一時ピッタリに駒が振られた。田中さんの先手で7六歩、田中「最後だからうるめてくれ……」、中村「いやあ……」これは本棋戦は年齢制限があり、田中さんはこの棋戦、今期かぎりの対局なのである。田中さん「若獅子戦は優勝しやすいはずなのになぜできないのかなあ。弱いのかなあ……」。中村さんは風邪気味で、二、三日前ようやく熱がさがったという状態。彼は風邪をひいていなくともあまりしゃべらぬ人だから、時々口は動かすのだが音としては出てこない。あめ玉をなめている。中村さんの6四歩でやぐら中飛車が映る。

(中略)

消えた十五分

 田中さんの5七銀の時におかしなことに気がついた。対局は一時ジャストに始まった。私の時計は一時二十分、チェスクロックの両者の消費時間を見ると、中村さんが三十分、田中さんが五分、あわせて三十五分、十五分はどこに行ったのか……。記録係は萩原徹也さん十六歳、高校一年生で長谷部七段門下、昨年十月の入会で今回が四回目の記録係とのこと。聞いてみた。「これはチェスクロックの故障ですね」、いたって簡単、どうということはないらしい。他のチェスクロックに換えればいい。田中さんの了解を得て田中使用時間五分、中村十五分と新しいチェスクロックにセットして再開された。ドイツ製のかなりしっかりしたチェスクロックに見えたが、中村さん側の針が元気が良すぎたわけである。

(中略)

天王山の位

 香月の間はこの一局だけなのでとても静か光もとてもきれいな部屋で新しいチェスクロックの音が今度はゆるやかに聞こえる。

 局面は中村さんの6四歩からやぐら対やぐら中飛車の局面になったが普通は中村さん側の飛車が頑張って銀をくり出し急戦で5五をおさえて、中飛車側有利と入門書に出ている。しかし本局は田中さんの歩が5五にいて、しかも銀が二枚で頑張っている。これは素人目にも田中さん側を持って指したいと思う。局後田中さんに聞いてみると、「この局面はどの棋士が見ても私の方を持つ」と語ってくれた。

(中略)

目線

 一時に開始されて現在二時半、チェスクロッキを睨みながら中村さんブランディーを飲むようにチビリチビリと茶を……。7筋のあたりをしばらく眺めて、あめ玉を口に入れたかと思ったら、5一玉、眺めていた所と動かした所との目線が違う。田中さんは自分の銀が駒台に乗ったことに満足そう。中村さんだって7四に銀を使わされてはいい訳ない。しかしここに銀を打たないと田中さんの角に好きなように暴れられる。

(中略)

問題の局面

 それでも田中さんは「おもしろく行くか」と、8四の歩に噛み付いた。7五歩で角がひっこみがつかなくなった。田中さんは口をとがらせてヒューと溜息で角を吹く。このあたりは局後一番研究されたところ、ハッキリした答えはその場で出なかったが、田中さんは良いと思い、中村さんは悪いと思っていることは一致した。田中さんの4五歩で本格的な決戦になった。しかしこの4五歩は疑問手らしい、中村さんに1三角と覗かれ王様を睨まれた。4図から5図に至る間に問題の手があったらしい。局後いろいろ聞いたり、テープレコーダーでも取ったりしたが、家に帰ってきたら皆忘れてしまった。テープにはいろいろパチパチ音がしているがどこの局面を言っているのか指しているのかさっぱり分からない。4五歩で指し手は沢山あるが、5三歩、6三玉、5五銀打、5三金、5四銀、同金、5五歩、5三金、5四銀、同金、5五歩、5三金、5四銀、同金、同歩、とか5五銀打、6三銀左、5四歩、6一玉、4五歩、1三角、4四歩、7二玉、4五銀、4六歩打、4八飛、3三桂、3四銀、5四銀、5二歩、8一飛、7三角成、同金、5四銀、4七歩成、同飛、5六角打、4九飛、3四角、6六桂、5八銀、いろいろあるらしい。いずれにしてもプロはずいぶん沢山の手を読むものである。驚いた。

見えない部分

 十二年程前、私がある週刊誌の専属で写真を撮っていたころ銀座のソニービルでおもしろい催し物をやっていた。某フィルムメーカーの企画でテレビゲームを利用したものだと思うが、大きな画面に動物が左右から、走ったり飛んだりして出てくる。それを五メートル程手前にセットしてあるカメラですばやくとらえる。(繁華街のゲームセンターにあるような備えつけの銃で動物を撃ちおとすのに似ている)、うまく確実に撮れると点数が出るしかけ、同行の編集者は十点満点の四点。私にもやれと勧める。プロとしての自負のある私は四点以下ならどうしようと気乗りしないままやるだけやってみた。満点が出た。どうやらプロとしての面目を保てた。近くの珈琲店で”たとえ九点取れたとしても一点差が実は大きな差”と言い胸を張ってコーヒーを飲みほした。プロのカメラマンはまず第一にミスをする権利がないということである。最低限度の技術はもちろんのこと、責任のもてる写真を撮らねばならない。プロになってから私の技術が進歩したとは思えぬが何かが変わってきていると思っている。棋士を考えてみた場合、アマチュアと大きな差がある。その差は勝負に対する鍛えといっても過言でない。アマチュアは何らかの仕事に携わっている。ほかの時間に将棋を楽しんでいるのが一般的である。一方、プロは奨励会を経てきている。この奨励会が勝負を教えていると思う。もちろんこの間に将棋の技術的なオブジェを積み重ねて強くなっているのであろうが、多くはここで勝負を学んでいる。例えば月二回しかない対局をじいーっと待ち、このチャンスに飛びつく、そして勝負。

逆転か

 5七歩でいよいよ中村さんの反撃、加藤一二三九段のようにベルトに手をかけセキをするが風邪でやっているのでなんだか迫力がない。両者残り時間三十分。4三金にはビックリした。田中さんの飛車にどうぞ成れるものなら成りなさいという手。私はこういう手を考えつくのが不思議でならない。このあたりから中村さん、なんとなく駒に元気が出てきて、やぐら中飛車の飛車が張り出した。端っこの角も働いている。それでも素人目には中村さんの王様の方が薄いから中村さんが負けるかなと思っていた。少し前まで田中さんが相手の顔を手があくと睨んでいたのをやめたのが気にはなっているのだが……。

 最後は龍を銀でとると、8五桂、9八玉、8八金打、同金、同歩成、同玉、8七金打で1三の角が睨んでいて逃げられない。中村さんの8五銀出が格好よくきまった。

本局を観戦して

 この将棋を顧みると、序盤中村さんの作戦負である。Aクラスとの将棋であれば、ポイントをそのまま持って行かれ、押し切られ負けであろう。ものの二十数手で不利になるのは勉強不足もあるのではないか……。田中さんは序盤巧みに指していたにもかかわらず楽観からくる疑問手であらた勝負をふいにしている。勝負に対する甘さ以外のなにものでもない。将棋に勝ったが勝負に負けたわけだ。将棋に美は必要だが、勝負に美は必要ない、形振りかまわず勝ってこそ美しい。負けたけどいい将棋だ、などとは達観した棋士の言。若手のトーナメントプロが負けたけど美しかったなどはない。以上アマチュアの戯言と聞き流してほしい。最後に局後丁寧に教えてくれた両先生に感謝し、ペンをおきます。

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写真家・弦巻勝さんが若かった頃の観戦記。

辛口だけれども棋士に対する愛情がこもっている。

「将棋に美は必要だが、勝負に美は必要ない」

格好いい言葉だ。