中村修七段(当時)の大ファンからの質問

将棋マガジン1990年10月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。

Q.私は中村修七段の大ファンです。最近、テレビの解説で見ましたが、元気がなく悩まれておられるように思います。それは私の勘違いでしょうか?王将の頃の「当たりませんね」という明るさを一日も早く取り戻し頑張ってほしいのですが。(名古屋市 Kさん)

A.本人の弁でどうぞ

 ふんふん、元気がねえ……それにしても「当たりませんね」と呟いているところの中村先生が明るいんでっか?そんなんやったら、一緒に飲んどる時の明るさは1万ワットぐらいですわ。

 さて、ホンマに中村先生は元気がないのでしょうか。ということで、さっそく本人に聞いてみた。

「ハア? あのですね……暖かいお便りは嬉しいんですが、私は以前と変わっていないつもりです。近況ですか。8月1日から9日まで先崎・郷田両君と函館へ行ってきました。途中で青森のねぶた祭りを見たり、結構楽しかったですよ。函館には競馬が目的で行ったんですが、ボロボロでした。シュン」

 最近あんまり競馬の調子がよくないらしく、それで元気がないように見えたんかもしれまへんなあ。

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ファンとはありがたいものである。

ちなみに名古屋市のKさんは男性だ。

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「8月1日から9日まで先崎・郷田両君と函館へ行ってきました」

これはまさしく、「点のある・ない論争」があった旅行。

点のある・ない論争

「点のある・ない論争」・・・中村修七段(当時)の独白

点があったので、中村修七段(当時)に元気がなかったと考えることもできるが、Kさんがテレビを見たのは、その前の可能性が高い。

もともと中村修九段は落ち着いた雰囲気なので、元気の有無を判断することは難しいと思う。

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将棋マガジン1990年8月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

 中村は困ったと思われるが、△3二銀と屈して受ける。局後私が「よく受ける気になったね」と言ったら「しょうがないですよ」と全然気にしてなかった。昔の姿に戻ったみたいである。

 あらためて書くのもどうかと思うが、中村には、王将位2期、棋聖戦挑戦の実績がある。それほどの男が昇級も出来ずにいるのはどうしたことか。中村にかぎらず「花の55年組」の失速は私にとって謎であった。人生上の悩みもなさそうだし、棋風を変えようの試みも、本質には関わるまい。スランプの理由が判らない。

 そんな中で塚田が元に戻った。次は中村の番のような気がする。人生は明るく、将棋は暗くが、中村流だろう。

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「将棋は暗く」は辛抱して受けることを苦にしないということ。

人生は明るく、将棋は暗く

なかなか良い言葉だと思う。

 

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